大人の恋 子供の恋

 ――それを目撃したのは偶然。
 ――なんてタイミングの悪い。


 用事のついでに報告書を出しに行こうと、エドワードは東方司令部に向かっていた。
 弟のアルフォンスはというと、別件の用事に手間取っているようで別行動。しかたなく一人で街を歩いていると、ふと見た通りの先に、よく見知った人影が見て取れた。
(あ、大佐だ)
 大きな通りをはさんだ道の向こう側に見えるのは、青い軍服を着た黒い瞳に闇色の髪の青年の姿。
 その背中に声をかけようとして……エドワードはぎくりと固まった。
「あっ……」
 口からでかかった声がやけに大きく響いた気がして、エドワードは慌てて自分の口を手で押さえた――よく見ると、ロイは数人の若い女性に囲まれて、にこやかに談笑していたのだ――手で口を押さえたままちらりとロイのほうをうかがうが、どうやらこちらに気付いた様子はない。
「………………」
 軍の中で色々とウワサには聞いていたけれど、実際に現場を目にしたのはこれがはじめてで……
(大佐モテるって聞いてたけど本当だったんだ……)
 心のどこかで覚悟していたものの、いざ目の当たりにするとけっこうショックだ。
(やっばり……オレみたいなの相手にしてるより、キレイな女の人と一緒にいるほうが楽しいのかな……)
 頭の片隅でそんな事をぼんやり考えながら、かなりショックを受けている自分にとまどった。


 ―――見ていたくないのに、そこから目がはなせない。
 ―――ここから逃げたいのに、足が動かない。


(あ〜もう! なにやってんだオレは!)
 全然動いてくれない足にいらだっていると、唐突に後ろから肩をぽんと叩かれた。
「!!」
 ぎくり、と身体が硬直する。
 しばらく―――実際にはほんのわずかな時間だっただろうが―――悩んだ末、おそるおそる後ろを振り返ると、
「よお」
 真後ろに、短い金髪に軍服を着込んだ青年が立っていた。
 見回りかなにかの途中なのだろうか、タバコをくわえたハボックが片手を上げて明るく声をかけてくる。
「どうしたんだ? こんなところで立ち止まって……ってマジでどうしたんだ!?」
 振り返ったエドワードの顔を見た途端――ハボックはぎょっとしてこちらの顔を覗きこんできた。
「なんかあったのか? 泣くようなことなのか!?」
「えっ?」
 ハボックにそう言われて、エドワードははじめて自分が泣いていることに気がついた。
「な、なんでもない! ちょっと目にゴミが入っちゃったみたいでさ」
 そう言いながら服の袖でごしごしと顔をこする。
「でも……」
「だいじょうぶだって」
 まだ心配そうな顔で自分を見下ろしてくるハボックに向かって、エドワードはにっと笑って見せた。


 自分を安心させようと、無理に笑ってみせるエドワードの笑顔が見ていられなくて、ハボックは短い金髪をわしわしとかき混ぜながら少年から視線を外すと、さり気なく話題を変えた。
「アルは一緒じゃないのか?」
「うん。用があって今日は別行動だけど?」
「そうか」
「なんか用事?」
「いや、べつにそういうわけじゃないんだけどな」
 逆にたずねられて困ってしまった。適当に答えて意味もなく視線をさまよわせていると、通りの向こうに若い女性が数人が集まっているのが目に入った――その輪の中に自分の上司の姿を発見。
(あれ……大佐か?)
 ハボックがじっとその集団を凝視していると、ロイがこっちをギロリと睨んできた――しかしそれも一瞬のことで、すぐに女性達に話しかけられて談笑へと戻っていく。
(……ああ、なるほど)
 先ほどハボックの上げた声で、エドワードと自分の存在に気がついたらしい。
 しかし、いくらエドワードのことが気になっても、ロイの性格からして彼女達をほったらかすことはしないだろう。
 ちらちらとこちらを気にはしているが話はいっこうに終わりそうにないらしい。
「………………」
 ハボックがどうしたものかと考えていると、ロイと女性達のほうを見ていたエドワードがつとめて明るい声を出した。
「ひょっとして今から帰るとこ? だったら一緒に行こう。オレも東方司令部にいくとこだったしさ」
 言いながらハボックの背中をぐいぐい押して歩きだすエドワード。
「えっ? ちょっと、おい!」
 こちらの言葉に耳を貸さないエドワードに引っ張られるようにして、ハボックはそのままその場から離れる羽目になったのだった。


「………………」
「………………」
 東方司令部につくまで、二人は一言も発しなかった。
 落ち込んだ様子で黙り込んでいるエドワードに、どう声をかけていいのかわからなかったのだ。
 黙りこくったまま東方司令部へと入っていくと、ホークアイに呼び止められた。
「ハボック少尉ちょうどよかったわ。あら、エドワード君も一緒だったのね」
 エドワードに気がついてにこっと声をかけてくる。
「こんにちは中尉」
「こんにちは。あら? 少し目が赤いようだけどどうかしたの?」
「なんでもないなんでもない!」
「……そう?」
 ぎくり、とわずかに肩を震わせてから、慌ててぱたぱたと手を振って必死に誤魔化そうとするエドワードをいぶかしげに見ていたが、ホークアイはそれ以上なにも聞かなかった。
 そしてそのまま、問いかけるような視線をエドワードの後ろに立っていたハボックに向ける。
「…………」
 ホークアイの視線のイミを感じ取ったハボックは、こくりと無言でうなづいた。
 それで通じたらしい。
 ホークアイはエドワードのほうに向き直ると、
「そうそう、エドワード君は大佐に用があるのよね? 悪いけれど大佐、今、出かけているのよ。少し待ってもらえるかしら?」
「っ!」
 ホークアイの口から出たロイの名前に、エドワードは思わず反応した。
「あっ、べ、べつに急がないからいいよ、また今度で!」
 どもりながらそれだけ言うと、くるりと回れ右をする。そのまま帰ろうとするエドワードの肩をハボックが、がしっと後ろから掴む。
「そんなに急いで帰らなくてもいいじゃねーか」
「今、お茶を入れるからゆっくりしていってね。エドワード君」
 ハボックに肩を掴まれ、にっこりとホークアイにそういわれてエドワードはしかたなくあきらめた。
「……はい」


 お茶と一緒に問答無用でエドワードを執務室に放り込んだ後。
 執務室の前の廊下でホークアイはハボックからだいたいの経緯を聞いていた。
「そう、街で……」
「よくウワサになってる人なだけに、現場を目の当たりにしちまったりしたら、まあ……落ち込みもしますよね」
「まあ、女性には愛想のいい人だから、話しかけられたら談笑ぐらいするでしょうね。おかげでエドワード君に余計な誤解を与えたようだけど……」
 エドワードとロイの関係に気がついている二人としては、落ち込んだエドワードの姿を見るとなんだかかわいそうで、できることなら何とかしてやりたいと思うわけだが……
「そうそう、大佐はオレたちがいたのに気がついていたみたいでしたけど」
「だったら、もうすぐ飛んで帰って来るでしょ」
 ハボックの言葉を聞いて、ホークアイはやれやれと呆れて肩をすくめた。


 一方その頃。
 執務室に放り込まれたエドワードはかなり落ち込んでいた。
「……ふぅ」
 しかたなくソファに腰を下ろして持ってきていた報告書を取り出してテーブルの上に置くと、それを眺めながらホークアイが入れてくれたお茶に口をつけた。
 報告書を出さないといけないから、ロイと会わないと……
 でも、今はロイと顔をあわせたくないな……
 でも……
 ぐるぐると、頭の中でそんな事を考えながらお茶を飲む。動揺のあまりカップの中身がすでにカラになっていたのにも気がつかず、空っぽのカップを無意識に口元に運んで……はっと気がついて一人で赤面した。
「……なにやってんだオレは」
 テレながらテーブルの上にカラのカップを戻そうとした時、
 バンッ!
 執務室の扉が吹き飛ばされそうな勢いで開け放たれた。
 そしてその開いた扉の向こうから、ものすごい勢いで室内に駆け込んできたのは……
「大佐!?」
「鋼の!」
 驚いてエドワードがソファから腰を浮かしたところに、ロイがガバッと抱きついてきた。
「あっ!」
 抱きつかれた衝撃でエドワードの手からカラのカップが滑り落ちた。落下するカップを捕まえようとエドワードが慌てて手を伸ばすがわずかに届かない。エドワードの手からすり抜けたカップが床にぶつかる寸前――
「っと!」
 カップに気がついたロイの手が素早く動いた。
 床の手前ギリギリで、カップを掴み取る。そのままなにごともなかったかのようにテーブルの上に静かにカップを戻すと、ロイは再び両手でしっかりとエドワードを抱きしめた。
「怒って帰ってしまったのかと思ったよ」
 ぎゅうっと力いっぱい抱きしめてくる、強すぎる腕の力にエドワードは少し眉を寄せると、
「大佐、痛い」
「ああ、すまない!」
 エドワードの言葉にロイは慌てて腕の力を緩めた。
 しかし手を放すつもりはないようだ。ロイはしっかりとエドワードの腰に腕を回したままソファに腰を下ろすと、その膝の上にエドワードを横向きにちょこんと座らせる。
「大佐……これなんか恥ずかしいよ」
 膝の上に抱き上げられた格好に、エドワードは文句をつけるがロイはそれを無視してエドワードの蜂蜜色の髪に鼻先をうずめた。
「ちょっと大佐!」
 しばらくもぞもぞと抵抗していたが、いっこうにロイがやめようとしないのであきらめた。
「…………」
 しばらく沈黙が続いた後、エドワードがぽつりと、
「やっぱり……大佐もああいうののほうが好きなのか?」
「ああいうの?」
 自分の髪から顔をあげて聞き返してくるロイの視線を避けるようにエドワードはうつむいた。
「キレイな女の人……」
「私の一番はエドワードだと、何度も言ったつもりだが?」
 金色の瞳を覗き込むようにしてそう言われて、
「でも!」
「でも?」
「さっき、街で……」
 そこまで言ってもごもごと口ごもるエドワードを見て、ロイは納得したようだった。
「ああ、あの時のことか。鋼のがいたことに気がついた時点で、すぐにでも君のところに行きたかったのだが、なにぶん彼女達が放してくれなくてね」
「………………」
 なにか言いたそうに顔を見上げてくるエドワードに、ロイは言い聞かせるように、
「大人には色々と、付き合いというものがあるのだよ」
「それはわかってるけど……」
 ロイの言い分もわかる――でも、頭ではわかっていても気持ちが納得してくれなくて……
(あ〜オレってガキだよな……)
 ――自己嫌悪。
 落ち込んでうなだれたエドワードの顔をそっと上げさせると、ロイはその額に額をこつんとくっつけた。
「心配させて悪かった。愛しているよエドワード」
「!?」
 そのロイの言葉に一瞬大きく目を見開いてから、エドワードは素直にうなづいた。
「うん……」
「すまなかった。そんなつもりではなかったんだが、結果的に君に誤解を与えてしまったようだな。どうやら泣かせてしまったようだし……」
「あ、あれは!」
 その場面を思い出して赤面しながらロイから顔を背け……そこではた、と気がついた。
「って、何で大佐がそんなこと知ってんだよ!」
「ハボック少尉がそう言っていた」
(余計なことを〜!)
 ここにはいないハボックに対して心の中でぶちぶち文句を言っていると、
「エドワード」
 ふいに名前を呼ばれた。
「なに?」
 顔を上げるとロイの唇がそっと目蓋の上に降ってくる。思わず目を閉じると目元にキスをされた。
 そのまま頬を滑って、唇にキス。
「……ロイ」
 ロイの膝の上に抱き上げられた格好のまま、エドワードはおずおずと手を伸ばすと自分からロイの背中に腕を回した。
 服を握り締めてくる手を感じてロイは目を細めて嬉しそうに微笑むと、さらにキスを深くしていった。


end