「ちわーっす。お届けものでーす」
コンコン、と玄関のドアをノックする音とともに、元気な声が耳に届いた。
自宅のリビングでソファに腰掛けながら本を読んでいたロイは、ページをめくる手を止めると、ソファから立ち上がった。手近なテーブルの上に本を無造作に置きながら、ぼんやりと、
(さっきの声、どこかで聞き覚えが――というか、よく知っている人物のような……)
そんな事を考えながら玄関へとむかった。
「はい、どちらさまですか?」
返事をしながら玄関のドアを開けて――ロイの動きがそこで止まる。
玄関先には、先ほどの声の主が一抱えほどもある大きな荷物を持って立っていた。いや、問題はそこではない。その届け物を持ってきた人物というのが問題なのだ。
今、自分の目の前に立っている人。それは――
「は、鋼の!? なんだその格好は?」
蜂蜜色の長い髪を後ろで三つ編みにした少年――エドワード・エルリックが見慣れない運送業者の制服に身を包み、金色の瞳でロイを見上げながら愛想のよい笑みを振りまいていたのだ。
「お届けものだって言ったろ? はい、荷物」
黒色の瞳を丸くしたまま動きを止めてしまっているロイに、エドワードは手に持っていた一抱えほどもある荷物を手渡した。
それは、キレイな包装紙で完全にラッピングされた上に、ご丁寧にも真っ赤なリボンまでかけられた大きな箱だった。
しかし、一見したところカードも送り状もなにもない。
「鋼の。これは誰からの贈り物だね?」
ちらりと、手の中の荷物に視線をやってから――その視線を少年へと移して問うが、エドワードの方はにやにやと何か企んでそうな笑みを浮かべただけでロイの質問に答えてくれる気はなさそうだ。
エドワードの態度にロイはわずかに肩をすくめると、しかたなく荷物にかけられたリボンに手を伸ばす。
リボンをほどき、包装紙をはがし、中から出てきた箱の蓋をあけてその中を慎重に覗き込む。
「……箱?」
中から出てきたのは、先ほどの外箱よりも一回り小さな箱だった。
訝しげに出てきた箱を眺め回した後、ロイは一回り小さなその箱の蓋を開けた。
「………また箱?」
箱の中から出てきたのは、先ほどの一回り小さな箱よりもさらに一回り小さな箱だった。
「一体これはなんなんだ!? 鋼の」
振り返ってエドワードを見る。しかし、エドワードはあいかわらずにやにやと笑っているだけ。
「………………」
その金色の瞳をじっと見詰めるが――少年は平然とそれを受け止めてにやにや笑いを続けた。まったく態度を変えないエドワードの様子に、ロイはあきらめて荷物の開封作業へと戻っていった。
――作業を続けること数分。
中から出てきた箱の蓋を開ける。
「…………また箱」
さらに、その出てきた箱の蓋を開ける。
「……………また箱」
……その作業を続けること数回。
やっと箱ではないものが出てきた。最後に中から出てきたものは――丁寧に包装紙に包まれた一冊の本らしき物体。
「やっと終わりか……」
やれやれとその包装紙を開ける。
中から出てきた物はロイの予想通り、本だった。しかも、ロイの本……
二ヶ月前にエドワードに貸して、そのまま持っていってしまった物だった。
「ああ、この本か。まあ、返すのはいつでもいいとは言ったが、手元に返ってきたのが二ヵ月後というのもな……」
ロイが苦笑いしながら本のページをぱらぱらとめくっていると、本の間に挟まっていたのだろう一枚のカードがはらりと本の間から抜け落ちた。
「?」
床に落ちたカードを拾い上げて見てみると、そこにはエドワードの筆跡で、
『じゃ。そーゆーコトで』
と、一言。
「へっ?」
カードに書かれた文字を読んだものの、書いてある内容が理解できずに思わず間の抜けた声が出た。
きょとんとしているロイにむかって、エドワードはしゅたっと片手を上げると、
「ちゃんと本返したからな。じゃ。そーゆーコトで!」
明るくそれだけ言ってそのまま走り去っていった。
「は、鋼の!? 二ヶ月ぶりに会ったのにそれはないだろう〜〜」
ロイのむなしい叫び声が玄関先に響きわたった。
「―――という夢を見たんだ」
東方司令部の執務室にて――
机の上にうずたかく積まれた書類を前に、ロイは机の上に肘をつき、組み合わせた両手の上にあごを乗せて深々とため息をついた。
その視線はさっきから部屋のドアと窓の外をいったりきたりしている。
「そういえば、二ヶ月ぐらいこっちに顔を出していませんからね。エドワード君」
書類を抱えたままでホークアイもそう返す。
「しかし、それとこれとは別問題です。この書類は必ず今日中に仕上げて下さいね」
どさっ、とたかく積まれた書類の山の横に今持ってきたばかりの書類の束を追加するホークアイ。ロイはその書類からさり気なく視線を逸らしながら、またため息をついた。
「はぁ〜〜鋼のの顔が見たいな……元気だろうか……」
窓の外を眺めながら完全に現実逃避している上司にむかって、ホークアイは冷たい声で一言。
「……大佐。それはいいですから仕事をして下さい」
その静かな怒りが込められていそうなホークアイの声音に、なにか怖いものを感じ取ったらしく、
「……はい」
ロイは素直に返事をすると、しくしくと泣きながら山のようになった書類に手をつけた。
「大佐。大佐宛に荷物が届いてますよ」
廊下を歩いていたところを荷物を持ったハボックに呼び止められて、ロイは足を止めた。
ハボックが手にしていた物は――荷物というよりは、すごく分厚い封筒といった感じの代物だった。
夢の時とは違い、それにはちゃんと送り状がついているのが見て取れる。
『ロイ・マスタング大佐宛』
と、エドワードの筆跡で書かれたその送り状を目にした途端。ロイの動きがぎくりと止まった。
「――――――」
急に固まったままいっこうに荷物を受け取ろうとしないロイを不審に思ったのか、ハボックが不思議そうに声をかけてきた。
「? どうしたんすか大佐」
「うっ……いや、なんでもない。ああ、なんでもないんだ……」
ハボックに対しての答え――というよりも、独り言のようにぶつぶつとそうつぶやく。
「?」
ロイの言動に首をひねりながらも、ハボックは――機械仕掛けの人形のように妙にカクカクとした動きで差し出された――その手に荷物をのせる。
「………………」
だらだらと汗を流しながら、荷物を見詰めるロイ。
その後、彼が受け取った荷物をどうしたのかは―――誰も知らない。
end