「大佐が大変だって聞いたけど!?」
あいさつもそっちのけで東方司令部に飛び込んできたエドワードを出迎えたのは、困り顔のホークアイだった。
「ええ、そうなのよ。ちょっと来てくれるかしら」
案内されるままにホークアイの後をついていく。彼女がむかった先はいつもの執務室だった。
コンコン。
ホークアイが扉をノックするが――返事はない。
「留守?」
「エドワードくん、部屋に入ってちょうだい」
「え? でも……」
エドワードは困ったようにホークアイの顔を見上げたが、彼女は気にせずに同じ言葉をもう一度繰り返した。
「いいから、部屋に入ってちょうだい」
「う、うん」
ワケもわからず言われるままに、とりあえず執務室の扉に手をかける。
「大佐、いる?」
扉を開けてそっと室内を覗き込むが――部屋の主は不在のようだった。
無人の室内。
正面に見えるのは誰も座っていない椅子と、書類が山済みの机――
「?」
その机の上。書類に挟まれるようにして一匹の黒猫が座り込んでいた。
「なんでこんなところにネコ?」
不審に思って自分のすぐ後ろに立っているホークアイをふり返る。すると彼女は困り顔のまま、猫を手のひらで示して言った。
「ロイ・マスタング大佐です」
「〜〜〜!」
ホークアイの言った言葉の意味を理解した瞬間――エドワードはその場にがっくりと膝をついて倒れこんだ。
あまりのことに、言葉が出てこない。
そんなエドワードに対してホークアイはため息まじりに、
「昨日の朝。ここに来たときからすでに猫なのよ。これじゃ仕事にならないわ……」
それでイーストシティ近くまで帰ってきていたエドワードを呼び戻したらしい。
「アンタは…………」
なんとかショックから立ち直ったエドワードは、ゆらり、と立ち上がるとそのまま机の上にいるロイ猫の前までいきその身体を両手でわしっ! とつかんで前後にかっくんかっくん揺さぶりはじめた。
「なに考えてんだよ〜!」
「エドワード君……」
「言ってみろよ〜!」
疲れた様子でホークアイが止めに入ったころには、ロイ猫は完全に目を回していた。
「……で、結局。大佐預かってきちゃったの?」
宿で待っていたアルフォンスと合流したエドワードは、事の一部始終を弟に話していた。
「うっ…でもさ、中尉が……」
あの後。
ホークアイに『このままじゃ仕事にならないのよ。何とか大佐を元に戻す方法を調べてくれないかしら?』と頼まれ、ロイ猫を預けられてしまったのだ。
「とにかく元に戻す方法だよね……洗ってみるとか?」
「それはもうやったらしい」
「うーん。ほかには……」
弟と一緒に腕を組んで考え込む。
「こうなった原因が知りたいよな〜」
「だよね」
エドワードはベッドの上でふてくされたように丸くなっているロイ猫のほうをちらりとふり返った。
一応、本人としてはきちんと自我のある人間なのだ。――身体は猫だが――エドワードに首根っこをつかまれて、ぷらんと宿までぶら下げられて運ばれたのがいたって気に入らなかったらしい。
「なあ大佐、いい加減機嫌なおせよ」
ぷい。
無視。
さっきからこれである。
「とりあえず街に出て考えない? このままじっとここにいてもしょうがないし」
「そうだな」
いまだにふてくされたロイ猫を抱き上げようとアルフォンスが手を伸ばした。
「あ、そうだ!」
「なに? 兄さん」
何かを思いついたのか、ぽんと手を打ち合わせるとエドワードは名案、とばかりにぴっと人差し指を立てて言った。
「病院に連れて行くってのはどうだ!?」
「あ、それいいかも。普通の人間の病院がダメなら動物病院って手もあるしね」
「!!」
そのエルリック兄弟の思いつきに、ロイ猫は抱き上げられたアルフォンスの腕の中で青ざめた。
「いててっ……もう、わがまま言うなよな、大佐」
ぶうぶう文句をたれながら街を歩くエドワード。その蜂蜜色の頭の上には、ロイ猫がちょんと乗っかっていた。
「まあまあ。それだけ大佐が嫌だったってことだよ」
隣を歩いているアルフォンスが必死にフォローを入れる。
『病院に連れて行こう!』
ふたりの提案にロイ猫は激しく抵抗した。
噛むはひっかくはの大騒ぎの末。エドワードたちが折れることでなんとか事態は収まったのだった。
――手袋で隠れているがエドワードの左手の甲にはロイ猫に引っ掛かれてできたミミズ腫れが三本ほどあったりする――
「おまけにまだオレの頭の上に乗ってるし……」
さきほどの騒ぎの最中にたまたまエドワードの頭の上にロイ猫がとび乗ったのだが、案外居心地がよかったらしい。街に出てきてからもそこから降りようとしないので、しかたなく好きにさせているのだが、
「けっこう重いんだよな……コレ」
上目遣いで頭の上に乗っている黒い物体をにらむ。
「!?」
ピクッと、急にロイ猫が顔を上げた。
「…………」
じっと一点を見つめている。そのロイ猫の視線の先を追ったエドワードの目に、二つ先の通りに入っていく男が着ている軍服の裾がチラッと見えた。
「? あれは……」
「そうだ兄さん! 図書館で調べてみるっていのは?」
しかし、エドワードの思考は急に話しかけてきた弟の声でかき消されてしまう。
「え? なに?」
「だから。図書館に行ってみないかって言ったの」
そのアルフォンスの提案にエドワードの頭の上にいるロイ猫が同意を示した。
たしたしとエドワードの頭を軽く手でたたいてからビシッ、と図書館のほうを指差す。
「はいはい」
エドワードは肩をすくめると図書館に向かって歩き出した。
日もとっぷり暮れた夕方時。
ふたりと一匹はしょんぼりと肩をおとしながら宿屋に帰ってきていた。
閉館時間ぎりぎりまで図書館でねばったものの、結局ロイを元に戻す方法はわからないまま。
「結局どーするよ。コレ」
頭の上を指差すエドワード。
エドワードの頭の上に乗ったままのロイ猫本人(?)もどうしていいかわからず、力なくしっぽをたれさせてうなだれている。
「もう、こうなったら手段を選んでちゃダメだよ!」
宿の自分達が取った部屋でふたりと一匹で床に座り込んでいると、突然。アルフォンスがばっと立ち上がった。
「選ぶも何も……」
突っ込みを入れるエドワードを無視して言葉を続ける。
「民間療法でも、呪いの解き方でも、何でもいいから手当たり次第に試してみるべきだよ!」
こぶしをぐっと握り締め、なにやら決意に燃えている弟にエドワードはあきれ半分でたずねてみた。
「……それで?」
「とりあえず呪いの解き方からいってみよう。さあ、兄さん!」
「さあ、ってアル。一体なにすんだよ?」
「昔本で読んだことがあるんだ! 呪いで姿を変えられた王子様をお姫様が救うとかなんとか……ってやつ」
「それ、童話だろうが!」
思わず突っ込むエドワード。
「だから、手当たり次第だってば。うまくいけばラッキーだしね」
さあさあ。とロイ猫をつかんでぐいぐい押し付けてくるアルフォンスに、エドワードはしかたなく弟からロイ猫を受け取ると、両手で頭の高さまで持ち上げてしげしげと眺めてみた。
「……どっから見ても……ネコだな……大佐」
「兄さん、はやく」
アルフォンスに急かされてしぶしぶロイ猫に顔を近づける。
ちゅっ。
次の瞬間。
ロイ猫の身体が光った――と同時にみるみるサイズが大きくなっていく。急に重くなった手の中のモノを支えきれずにエドワードが手を離した、刹那。
どさっ!
ごつん!
重たいものが落ちる音と、なにやら硬いものがぶつかる音が同時に聞こえた。
「お〜も〜い〜! どけー!」
光がおさまり、次に目を開けたアルフォンスが見たものは、人間の姿に戻ったロイの下敷きにされてわめく兄の姿だった。
「苦労して元に戻してやったってのにこの仕打ちかよ……」
床にしたたかに打ちつけた後頭部をさすりながらエドワード。
「すまない」
ロイは苦笑しながらエドワードのたんこぶに手をやった。
「痛むか? 鋼の」
「う〜っ……」
ロイに押しつぶされた兄を助け出した後、打った頭を冷やすために濡れタオルを取りに行ったアルフォンスがタオル片手に戻ってきた。
「はい、タオル」
「ああ、すまない」
ロイはそれを受け取るとエドワードの後頭部にそっとあて、床でぶつけたところを冷やし始める。
「で?」
「『で?』とは?」
ぶすっとしたままのエドワードに不思議そうに聞き返すロイ。
「ワケだよワケ! ネコになった原因!」
キッと金色の瞳が上目遣いに見上げてくる。その隣でアルフォンスもこくこくとうなづいた。
「ああ、そのことか……」
ロイは決まり悪げに頬をかきながら口を開いた。
「実はだね……自分でもわからないんだ」
「「わからない?!」」
思わず声をハモらせて聞き返すエルリック兄弟に、
「一昨日の晩。ヒューズと飲みに行って……次の日の朝、自宅で目が覚めたときにはすでに猫になっていた……」
どこか遠くを見ながら乾いた笑い。
「「…………………」」
思わず頭を抱えるエドワード。アルフォンスのほうも、なんともいえない顔でロイを見ていた。
「ははははっ」
「………………」
無理やり笑って誤魔化そうとするロイをジト目で見つつエドワードは心の中で思った。
(ひょっとして、原因はヒューズ中佐? だったら最初からあの人に聞きゃよかったんじゃ……)
end