ホワイトデーのお返しは……

 三月に入ったある日の昼下がり。
 東方司令部にやってきた見知った顔の兄弟に、ホークアイは仕事の手を止めてにっこりと笑いかけた。
「あら、いらっしゃい。エドワード君にアルフォンス君」
「こんにちは中尉」
「こんにちは」
 アルフォンスともに部屋に入ってきたエドワードは、ぐるりと室内を見渡してからホークアイに向かってたずねた。
「大佐いる?」
 エドワードのその問いに、ホークアイはわずかに顔を曇らせて、
「大佐は今、呼び出されて中央に出かけてるのよ。後2〜3日したら戻ってくる予定なのだけれど……わざわざ来てくれたのにごめんないさいね」
 申し訳なさそうにそう言われて、エドワードとアルフォンスはちょっと困ったように顔を見あわせた。
「兄さんどうする? 出直そうか?」
「そうだな。しばらくこっちにいるつもりだし……」
 どうしようかと相談している二人を見ていたホークアイが――何かを思い出したのか――急にぽんと両手を合わせた。
「そうそう、大佐からエドワード君が来たら渡してくれって手紙を預かってたのよ。ちょっと待っててね」
 そう言うと、ホークアイは机の引き出しを開けて、ごそごそと中を引っ掻き回し始めた。
「あったわ。はい、エドワード君」
 ホークアイから手渡された手紙は――やけに分厚かった。
「?」
 表面を見てみると、確かに宛名は『エドワード』宛。
 切手の貼られていないその手紙の封を切る。中にはびっしりと文字で埋め尽くされた便箋が10枚入っていた。
「便箋10枚も……一体何書いてんだ、大佐は」
 呆れながらも、ロイからの手紙を読み始めたエドワードだったが……読み進めるにつれて、だんだんと顔色が変わってきた。
「……な……に……?」
 わなわなと便箋を握った手がわなないている。
 真っ赤な顔で食い入るように手紙を読む兄を不審に思ったのか、アルフォンスが後ろから声をかけてきた。
「? どうしたの兄さん。なにが書いてあったの?」
 エドワードの肩越しに手紙を覗き込もうとしたが――それよりも早くエドワードが動いた。
「み、見るな!!」
 アルフォンスの目から隠すようにぐしゃりと便箋を握りつぶすと、慌ててコートのポケットの中へと手紙を突っ込む。
「?」
 不思議そうにきょとんとしているアルフォンスをとりあえず無視して、エドワードは思いっきり引きつった顔で後ろを振り返ると、中断してしまった仕事の続きをしていたホークアイにたずねた。
「なあ中尉。ちょっと聞きたいんだけどさ……」


「なに考えてんだよ! アンタは!!」
 中央にいるロイへと電話をかけたエドワードは、ロイが電話口に出るなり開口一番にそう怒鳴りつけた。
 しかし、ロイはといえばのほほんとした様子で、
『鋼のの声が中央で聞けるとは思わなかったな』
 などとのんきにそんな事を言ってきた。そのロイの態度にエドワードの声がさらに大きくなる。
「そんなことはどうでもいいんだよ! なんなんだよあの手紙は!!」
 その一言で、エドワードがわざわざ中央まで電話をかけてきた理由がわかったらしい。
『ああ、あの手紙を読んだのか。『なんなんだ』も何も、書いてあるとおりだが?』
 さらっと答えるロイ。
 ロイからの手紙――便箋10枚につづられた手紙は、はっきり言って――読んでて恥ずかしくなるほどの――ラブレターだった。
『私の今の気持ちを素直に書いてみたんだが……気に入らなかったか?』
「っ〜! 気に入るも何も、そんなことわざわざ手紙で書くな!」
 真っ赤になって受話器を握り締め、怒鳴るエドワード。
 普段、ロイから――それこそ会うたびに――言われている言葉でも、いざ『文字』にされると妙に恥ずかしい。
『ホワイトデーまでにそっちに戻れそうになかったからな』
「……は?」
 ――意味がわからない。
 エドワードがロイの言葉の意味を考えている間に、ロイは一人でかってに話を続けた。
『大丈夫。ちゃんと鋼のからもらったチョコレートのお返しは用意してあるよ。2〜3日したら帰る。少し遅れてしまうが、帰ったら渡しに行くから楽しみにしておいてくれ』
「…………」
 何か言ってやろうと口を開くが、声も出てこない。
 口をパクパクさせているエドワードをよそに、ロイは部屋の壁にかかっている時計にちらりと目をやって、
『おっと、そろそろ会議が始まる時間だ。鋼の、すまないがこれで切るぞ』
 そう言われて、エドワードは慌ててうなずいた。
「えっ? あ、うん」
『……そうだ。エドワード』
 電話を切ろうとしていた手をふと止めて、ロイがエドワードの名を呼んだ。
「ん? なに?」
『――……………』
 小首を傾げて聞き返したエドワードの耳に、小さな声で――聞き逃しそうなほどのボリュームで――低く、甘く囁かれたそのセリフにエドワードは耳まで真っ赤になった。
「っ〜!! いいからさっさと仕事に行け!!」
 ガンッ!!
 叫ぶようにそれだけ言って、エドワードは乱暴に電話を切った。
「〜〜〜〜!」
 電話を切ったその姿勢のまま動けなくなる――顔から火が出そうだった。
 電話の最後に、ロイに囁かれた言葉がぐるぐると頭の中を回る。
 『――愛してるよ』なんて……
(軍の電話使って……しかも、低音まで効かせて……わざわざそんなこと言うなっての!)


 乱暴に切られてしまったエドワードからの電話。
 受話器を静かに戻しながら、ロイはふっと口元に笑みを浮かべた。
 電話口で真っ赤になってテレているであろうエドワードの姿が、手に取るようにわかる。
 もう一度、時計に目をやって時間を確認してから、座っていた椅子から立ち上がる。部屋の入り口にむかって歩き出しながら、ロイはひとりごちた。
「さて、早くエドワードに会うためにもさっさと仕事を終わらせるかな」


end