無断拝借

「このあいだ言っていた資料が手に入ったから、明日家まで取りにおいで」
 そうロイに言われたのが昨日の夕方。
 宿屋にかかってきた電話に即答で返事をしてから、エドワードははた、と気がついた。
「明日って……大佐、仕事休みじゃなかったっけ?」


 ――翌日。
 エドワードは、アルフォンスをひとり宿に残してロイの自宅まで来ていた。
「よくきたね鋼の」
 私服姿でにこにことエドワードを出迎えるロイ。
「呼ばれたからきたけどさ、俺まだこっちにいる予定だったからその次の日でもよかったのに……」
 多忙なロイのせっかくの休みなのに、とエドワードは遠慮してみせるが、ロイはというと、
「いいから遠慮せずに入っておいで」
 嬉しそうにエドワードを家に招き入れた。
 玄関をぬけ、ロイの後についてリビングに入ると、リビングの壁際には本棚に収まりきれなかった本が床の上に積み上げられていた。
「それで資料は? まさかこの中?」
 積み上げられた本を指差してたずねると、あっさりと返事が返ってきた。
「ああ、あれは書斎の方だ」
 エドワードが頼んでおいた資料は書斎に置いてあるらしい。
 ロイはすたすたとリビングを通り抜けてそのまま書斎へ。
「ええっと、どこにしまったかな……」
 ごそごそと机の引き出しを引っ掻き回すロイ。
 そして待つことしばし――
「あった。これだ」
「さんきゅ」
 探し出した資料をエドワードに手渡した。
 受け取ったそばからさっそく資料の活字を目で追いはじめたエドワードに苦笑をもらすと、ロイはお茶を入れるために静かに書斎から出ていった。


「あれ? 大佐いないのか……」
 資料を読むのに必死で、ロイが出ていったことに気がついていなかったエドワードはロイの姿を探して廊下に顔を出した。きょろきょろと辺りを見回し、少しだけ耳をすませて――
 カタン。
 カチャカチャ。
 廊下の奥――キッチンのある方角から物音がする。
「うーん。なんかカチャカチャ音がしてるから……たぶんキッチンかな?」
 また書斎へと引っ込もうとして――ふと、向かいの部屋の扉が半分ほど開いていることに気がついた。
「あそこ、確かベッドルームだったよな?」
 扉の隙間から見える室内。
 エドワードが立っているこの位置からだとベッドとクローゼットが見えている。
「ん?」
 ベッドルームにあるクローゼットのわずかに開いていた戸の隙間から見えるのは、見覚えのある青。
 好奇心と悪戯心がむくむくと頭をもたげてきた。
「へへっ」
 ロイがまだ戻ってこなさそうなのを確認すると、エドワードはベッドルームへと入り込んだ。そしてすこし開いていたクローゼットの中からロイの軍服の上着を見つけるとそれを引っ張り出す。
「へへへっ」
 にんまり笑うとエドワードは着ていた赤いコートを脱いでベッドの上に置くと、いつもの黒い上着の上からロイの軍服を羽織った。
「……むぅ」
 ……さすがに袖があまる。
 サイズの大きいロイの軍服の袖を折り返して着ると、すべてのボタンを閉める。そしてクローゼットの戸についていた大きめの鏡の前に立つと、くるりとまわってみた。
 にまっ。
 ちょっとご満悦なエドワードであった。
「鋼の?」
 そこにロイが戻ってきた。
 書斎をのぞいたがエドワードがいなかったので探したらしい。扉が開いているのに気がついて、エドワードがここにいるとふんでベッドルームへ来たようだ。
「鋼のここかい?」
 二人分のティーセット片手に部屋に入ってきたロイは、エドワードの軍服姿を見た瞬間――
「!!」
 ガチャン!
 手に持っていたティーセットを床にぶちまけた。
「なに?!」
 その音の大きさにおどろいてエドワードが戸口を振り返る。
「どうしたの?」
「…………………」
 不思議そうにたずねるエドワードの視線の先には、ティーセットの残骸の前にがっくりと膝をつき、片手で顔を抑えてうつむいているロイがいた――なにやら肩がふるふると震えている。
(鋼の……か、かわいい……)
 ぶかぶかの軍服が妙にかわいい。
「……なにやってんの大佐?」
 呆れたようにたずねるエドワード。そんなエドワードにたいして、ロイは顔から手を放さないままでなんとか立ち上がって、
「……き、君は一体なにをやっているんだ!」
 顔を上げたロイは耳まで真っ赤だった。
「え? これ? 着てみたかったからちょっと借りただけだけど?」
 そう言ってエドワードはぶかぶかのロイの軍服の胸のあたりを両手で軽くつまみ上げながら、『ダメだった?』と、かわいく小首をかしげて聞いてくる。
「……くっ」
(か、かわいすぎ……)
 そこが限界だった。
 ロイは傍にあったベッドにばっと突っ伏した。
「どうしたんだ大佐?!」
 ロイの心理状態などまったくわかっていないエドワードは、突然ベッドに突っ伏したまま顔を上げないロイに慌てた。
 肩をゆすっても顔を上げてくれないロイ――見ると、首まで真っ赤。
「た、大佐?!」
「…………………」
 おろおろするエドワードの横で、ロイはこみ上げてくるナニかをこらえるのに必死だった……


end