たまには木の上でお昼寝でも

 いつもは忙しい東方司令部も、たまにはヒマな時もある。

 めずらしく、問題というほどの問題もない平和な昼時。
 のんびりとした空気のただよう東方司令部の敷地内を、青い軍服に身を包んだ黒い瞳に闇色の髪の青年――ロイ・マスタングはのんびりとした足取りで歩いていた。


 今日は晴天。
 青い空には白い雲がぽっかりと浮かんでいる。
 散歩がてら外に出てきたのだが、ぽかぽかと暖かい日差しがやけに眠気を誘う。
 ――少し昼寝でもしようか。
 目的もなく散歩をしながら、ぼんやりとそんな事を思いついた。
 歩きながら、ふと目に入った太めの大きな木の下で足を止めると、ロイは背の高いその木を見上げ、
「――この辺りでいいか」
 青い軍服の上着を脱いで動きやすい格好になると、ロイは木の幹に手をかけてするすると身軽に木を登り始めた。
「よっと……ん?」
 木の中ほどまで登ったところで、そこに生えている太い木の枝の上に思いがけない先客の姿を発見して、思わずロイの動きが止まった。
 枝の上に登り、木の幹に手をついて身体を支えてから首をめぐらせてそっと枝の先をうかがうと――枝葉に隠れるようにして蜂蜜色の三つ編みと赤いコートの背中が見えた。
「おや。こんなところで君と会うとは……」
 ロイの声に驚いたのか、枝に腰を掛けてぼんやりと景色を眺めていた蜂蜜色の髪の少年がこちらを振り返った。
「えっ、大佐? こんな木の上で何してんの?」
 金色の瞳でロイを見上げ、胡散臭そうな顔で少年――エドワード・エルリックにそうたずねられて、ロイは思わず苦笑した。
「少し昼寝でもしようかと思ってね」
「ふーん」
 気のない相槌を打つと、エドワードはまた視線を正面に――青い空と、その下に広がる街並みに――戻す。そんな少年に、ロイは逆にたずね返した。
「……君こそどうしたんだ?」
「……どうって?」
 ふたたびこちらを向いたエドワードの金色の瞳をじっと見つめ――
「泣きそうな顔をしている」
「!?」
 ロイにそう指摘された瞬間。エドワードの肩がびくっとゆれた。
「…………べつに、なんでもないよ」
 わずかに黙り込んでから――ぶっきらぼうにそう言い捨てて、エドワードはロイから視線をはずす。
 そっぽをむいてしまったエドワードの頭をぽんぽんと軽くたたいて、
「そうか」
 ロイは、それ以上は何も聞かずにエドワードの隣に腰をおろした。
「……………………」
 しばらくの沈黙の後――
 エドワードが口を開いた。
「…………大佐」
「なんだ?」
「そろそろ昼休み終わりだろ? 仕事に戻んなくていいのか?」
「たまには、少しぐらいサボってもかまわないだろう?」
 そう言って、ロイは木の幹のそばまで移動すると頭の後ろで両手を組んで幹にもたれかかった。すっかり昼寝の体勢になってしまったロイにむかってエドワードがぼそりと一言。
「たまには、って……いっつもサボってるじゃん」
「うっ……」
 エドワードの容赦ない一言に、ロイは思わずうめく。
「…………ま、まあいいじゃないか。こんなに天気もいいことだし、昼寝をするにはちょうどいい」
 ロイはごまかすようにそう言って――そのロイの頬にたらりと一すじ汗が流れていたのを、エドワードは見逃さなかったが――さっさと目を閉じると、昼寝をはじめてしまった。
「後で、中尉に見つかって怒られてもしらないぞ?」
「………………」
 何もリアクションを返してこないロイに、エドワードはやれやれと肩をすくめると、そのまましばらく目を閉じたロイの横顔を眺めて――
「………………大佐、もう寝たのか?」
「………………」
 うかがうように小さく声をかけてみたが――ロイの反応はない。
 エドワードはロイに聞こえない程の小声で、独り言のようにぽつりとつぶやいた。
「いいのかなぁ? 戻んなくて………………でも今は、大佐が仕事に戻らないで、ここにいてくれるのがちょっとうれしいかも……」
 エドワードのその小さな声は、実はロイの耳にはしっかりと聞こえていた。
 寝たフリをしていたロイはエドワードに気付かれないように口元だけで小さく微笑むと、そのまま聞こえないフリをして狸寝入りを続けた。


 吹きぬけていくやわらかな風が、蜂蜜色と闇色の髪をゆらす。
 昼寝をするロイの隣に座ったまま、茂った木々の葉の隙間から零れ落ちてくる日差しをまぶしそうに見上げて――エドワードはもう少しここでこうしていようと思った。


end