風邪ひきさんと苦いキス

 コンコン。
「兄さん、具合どう?」
 控えめなノックとともに、お盆を片手に静かに部屋に入ってきたのはアルフォンス・エルリック。
「ん〜〜」
 その声に応じてなんともだるそうな返事がベッドの中から返ってきた。
 ベッドに寝ている人物。アルフォンスの兄であるエドワードはこちらを見るのも億劫だと言いたげに、頭までかぶっていた毛布をさらに引っ張り上げて深くベッドにもぐりこんだ。
 ここは東方司令部の中にある仮眠室。
 長旅の疲れに加え、雨の中を無理に歩いたせいでエドワードはすっかり風邪をひいてしまったのだ。
 二、三日前からせきをしていたのだが、やはり雨にあたったのがいけなかったのだろう。ここに着いた頃には熱が出てしまい、宿に行くのすら大変な状態だったのでとりあえず少し落ち着くまでここで休ませてもらうことにしたのだ。
「兄さん、薬もらってきたけど起きられる?」
「んー」
 持ってきた水の入ったコップと風邪薬をのせたお盆を手近な机の上に置き、エドワードが起き上がるのを手伝ってやる。
「粉薬しかなかったんだけど我慢してね」
 そのアルフォンスの言葉を聞いた途端。ベッドから起き上がろうとしていたエドワードは、
「やだ」
 それだけ言ってまたぽてっとベッドに横になった。
「そんなわがまま言わないでよ兄さん」
「イヤなもんはイヤ」
 かなり熱が高く、しんどいくせにエドワードは強情だった。せっかくアルフォンスがもらってきた薬をつっぱねるとまたごそごそと毛布の中にもぐりこむ。
「しょうがないなぁ……」
 アルフォンスがどうしようかと思案に暮れていると、先ほどのアルフォンスよりもう少し強い調子でドアがノックされた。
 コンコン。
「入るぞ」
 言葉とともに静かに扉が開く。
 部屋へと入ってきたのは、ロイ・マスタング大佐だった。どうやら仕事の合間にエドワードの様子を見に来てくれたらしい。
「どうだね、鋼のの具合は?」
「今、薬を飲ませようと思ってたところで――」
 そこまで言いかけて――アルフォンスはふといいことを思いついた。
 手に持っていた粉薬をやや強引にロイに押し付けながら、
「すいません大佐。兄さんに薬飲ませてもらえませんか? 僕、洗面器の水を替えてきます」
 それだけ早口で言うと、アルフォンスは水の入った洗面器を片手にそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょ……」
 突然の展開に、ロイはアルフォンスを引き止めるタイミングを外してしまった。 しばし、押し付けられた風邪薬を片手に呆然としていたが、エドワードのせき込む声ではっと我に返った。
「まだ薬を飲んでいなかったのか? 鋼の」
 取りあえずたずねてみる。
「粉薬だろ? 苦いからヤダ」
 毛布の下からキッパリとした拒否の返事が返ってくる。
「それなら、どの薬なら飲むというんだね?」
「……糖衣錠か、シロップ…とか」
 そのエドワードの答えにロイは思わず笑みをこぼした。なんだかんだ言ってもやはりお子様は、お子様――苦い薬がよほどキライとみえる。
「わがまま言わずに飲みなさい」
 ロイは笑いをかみ殺しながら、少年の上体を起こそうとした――しかし、エドワードは毛布から手だけ出して、起き上がらせようとするロイの手を押しのけると、ころんと寝返りをうって、一言。
「やだってばー」
 毛布の端からのぞいた顔は赤く、かなり熱が高いようだった。
 ロイはエドワードが頭までかぶっていた毛布を少しめくると、汗で額にはりついている蜂蜜色の前髪を優しくはらって、そっと手のひらを額に当てた。じんわりと手のひらから伝わってくる熱にわずかに眉をひそめる――思っていた以上に熱が高そうだ。
(これは無理にでも薬を飲ませたほうがいいな……)
 ロイはそう判断すると、少年がかぶっていた毛布をめくり、片手をやや強引にエドワードの頭の下へ入れて軽く持ち上げた。そして、あいている方の手で薬の包みを開くと自分の口に流し込み、次に水を口に含む。
「?」
 エドワードが熱でぼーっとした頭でロイの行動を眺めていると、突然唇にやわらかいものがふれてきた。と、思うまもなく、次の瞬間には口の中に水が流れ込んでくる。
「んっ、うぅ……」
 ゴクッ。
 喉を通っていく苦い水にエドワードは顔をしかめた。
 力のはいらない手でロイの身体を押しのけようとするが、ロイはしっかりとエドワードを抱き込んで離してくれない。
 やがて口の中の薬と水がすべてなくなってもロイはキスを止めようとしなかった。舌を絡ませてよりキスを深くしてくる。
「ふっ……んんっ!」
 だんだん息が苦しくなってきた。ロイの胸を拳で叩いてどうにか止めさせようとしたところで、やっと唇を開放された。
「んぁ、はぁはぁ…………ごほごほ!」
「…………すまない」
 ゼエゼエと荒い息を吐いてせき込んだエドワードの背中をさすってやりながら、病人相手にちょっと本気になりかけたことを反省するロイだった。
「もーっ! だからヤだって言ったのに……」
 ただでさえ熱で赤い顔をさらに赤くさせて、エドワードはロイを睨みながら文句をたれた。
「苦いキスなんてすんなよな!」
 風邪がうつってもしんないからな、と小声で文句を言う可愛い恋人に、
「かまわないよ」
 ロイは笑いながらエドワードの額に優しくキスを落とした。


end