〜2〜
「おおっ!! すげーな魔法使い!」
「まだ見習いなんですけどね」
アルフォンスの魔法で必要な衣装や馬車などを用意してもらったエドワードは、アルフォンスの魔法にしきりに感心していた。
「でもさ、衣装がタキシードなのはわかるとして……なんで靴がガラス製なんだ?」
そういうエドワードの足にはガラスでできたメンズシューズが……
「いや、その……師匠がそれが『お約束』だからって……」
「? ふーん」
なんだかよくわからないが、とりあえず納得しておこうと思ったエドワードであった。
「さあ、行ってきてください。そうそう、12時の鐘が鳴ると魔法が解けるんで、それまでに帰ってきてくださいね」
「えっ? 時間制限アリなのかこれ!?」
「まだ見習いなもので……」
そういってアルフォンスは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「んじゃ、えっと……アル! 行ってくるわ」
アルフォンスに向かってにこっと笑うとエドワードは馬車に乗り込んだ。
―― 一方その頃、城では華やかに舞踏会が催されていた。
この国の第一王子ロイの『花嫁探し』が目的のこのパーティー。
きらびやかに飾り付けの施された会場には、王子に気に入られようと気合を入れて着飾った若い女性たちや、他国の来賓が大勢出席していた。
しかし、王子のほうはといえば――
「退屈だ……」
退屈そうに王座の手すりをこつこつと指先で叩きながら、こっそりとあくびをかみ殺していた。
黒髪に黒い瞳。豪華な正装に身を包んで玉座に座っているが、その顔には不満の色がありありと浮かんでいる。
「だいたい、父上の考えること自体が時代遅れだというのだ! まったく……」
挨拶に来た『女性』にのみ愛想のいい笑顔を振りまきながら、彼は自分の側近であるホークアイにぶちぶちと愚痴っていた。
長めの金髪を、きりりとアップにして制服をきっちりと着込んだホークアイは、ダークブラウンの瞳をすっと細めると、冷ややかにロイに釘を刺す。
「だからと言って逃げないで下さいね。王子」
「くっ!」
いつもは退屈なパーティーの時にはさっさと姿をくらませてしまうロイだったが、今回は主役ということもあって、逃げられないようにホークアイがずっと側についているのだ。
「ふう……暇だ」
暇をもてあまして何気なく入り口の辺りを見ていると、ロイの視界に鮮やかな金色が飛び込んできた。
「!?」
それは、黒いタキシード姿に蜂蜜色の長い髪を後ろで三つ編みにした少年だった。
自然とロイの視線がその人物に引き寄せられる。
「……っ」
少年はしばらく何かを探すようにきょろきょろとしていたが、しばらくするとまっすぐ会場の奥に向かって歩き出した。
それまで大人しく玉座に座っていたロイが、急に立ち上がった。
「王子?」
「すまない。しばらくここを頼む」
「お待ちください王子!」
訝しげに見上げてくるホークアイにそう言い残すと、ロイは彼女の制止を無視してその蜂蜜色の髪の少年の後を追った。
エドワードは、主役である王子がいたパーティー会場をこっそり抜け出すと、窓の外に見えた建物に向かって廊下を歩いていた。
しかし、思っていた以上に城の内部は広いうえに複雑で、なかなか上にあがる階段が見つけられない。
「うーん、こう広くちゃな……一体どこに何があるのやら」
そうこうするうちにエドワードはいつの間にか、中庭に面した回廊に迷い込んでしまった。
石造りの長い廊下から見える月明かりの差し込む中庭に視線を向ければ、手入れの行き届いた庭の真上に浮かぶまるい月。
出かける前に家から見た位置から、ずいぶんと上にまでのぼってきていたその月に、
「ウロウロしててけっこう時間食っちまったな」
自分以外に人の気配のないことを確認してから、エドワードは角を曲がったところで一度足を止めた。
「さて、どうするかな……」
コツコツコツ。
しばらくエドワードが立ち止まったままで思案していると、曲がり角の向こうから足音が聞こえてきた。
(ヤバイ! このあたりって関係者以外立ち入り禁止とか!?)
エドワードは内心肝を冷やしたが、いきなり逃げ出せばもっと状況が悪くなりそうな気がした。わずかに迷って――とりあえず迷子のふりをすることに決め込んだ。
「そこの君!」
ドキッ!
あせって声のしたほうを振り返るとそこにはロイ王子の姿が――
(何でこんなトコに王子が来てんだよ!? パーティーのほうはどうした!!)
内心そう突っ込みたかったが言えるわけもなく、エドワードはなるべく平静を装って返事をした。
「な、なんでしょぅ?」
自分の意思に反してヘンに上ずった声が出たが、王子はさして気にした様子もなくエドワードの側まで歩いてくると、さわやかに笑いながらこう申された、
「君、名前は?」
(おいおい、お前はナンパヤローかよ!!)
心の中で再び突っ込むエドワード。
「…………」
どうも彼の意図がわからない。
困惑しながらロイの顔をみつめかえすと、彼はじっとエドワードの返事を待っていた。しかたなく口を開く。
「エ、エド……」
「エドか……私はロイという。よろしくエド」
今度は、すっと握手の形でエドワードの目の前に片手を差しだしてきた。
「よ、よろしく……」
エドワードはさんざん迷ったすえ。とりあえずわずかにさわる程度に彼の手にふれた。途端――ぎゅうっと強い力で手を握りかえされてしまった。
しっかりとエドワードの手を握り締めたまま、いつまでたっても手を放してくれないロイにエドワードは困った顔で眉根を寄せた。
(いい加減に手、放してほしいんだけどな……)
そう思うものの、相手は一国の王子。そんなことを素直に言えるはずもなく……
自分の――ロイに握られたままの――手を見下ろして困っているエドワードに、ロイは上機嫌で話しかけてきた。
「そうそう、エド。君のフルネームはなんというのだね?」
「え? その……」
エドワードが答えかけたその時。ふと、ロイの腕時計が目に入った――時計の針は11時50分を示している。
(ヤバッ!)
エドワードの脳裏にアルフォンスの言葉がよみがえる。
『12時の鐘が鳴ると魔法が解けるんで、それまでに帰ってきてくださいね』
あわてながら、やや乱暴にロイの手をふりほどくと、
「そのっ、オレそろそろ帰らないといけないから、これで失礼します!」
そう言って、エドワードはくるりと回れ右をしてロイに背中を向けると、全速力で石造りの廊下を駆け出した。
「え? あっ、待ちたまえエド!」
突然、逃げるように走り出したエドワードをおって、ロイもあわてて全力で走り出す。
(あと10分弱か……間に合ってくれよ)
城の門から外に出てしまえば『魔法が解ける』時間がきても問題ない――そう考えながらエドワードがもと来た道を必死に走っていると、背後から自分のものではないもう一つの足音が、後ろから追いかけてくるのに気がついた。
「!?」
ちらりと肩越しに振り返って後ろを見ると、なんとロイが自分をおいかけてくるではないか。
「待ってくれエド!」
(おいおい。何でアンタがオレをおいかけてくんだよ!?)
心底驚いたが、時間もないので立ち止まるわけにはいかない。
(あーっ、もう。この靴走りにくいぞ!)
ぶちぶちとアルフォンスが魔法で出してくれたガラスの靴に八つ当たりをしていたが、その間にもどんどんロイとの間の距離が縮まってくる。
(アル。ごめん!)
心の中でアルフォンスに誤ると、エドワードはぽいぽいとその場に靴を脱ぎ捨てた。
そのまま速度を上げると、おいかけてくるロイを一気に振り切って城を後にした。
→ It continues.