暖かな風が通りを吹きぬけ、街路樹の葉をゆらす。
昼下がりのイーストシティは現在、たいして大きな事件もなく、街は平穏だった。
たまたま所用で街に出かけていたロイは、東方司令部に帰る帰り道、通りから見慣れた自分の部下が歩いてくるのと出くわした。
ジャン・ハボック少尉だ。
彼はなぜか左手にどこかで見た覚えのあるトランクを下げていた。そして小脇には金髪の三つ編みに赤いコートを着た子供を抱えている。そのちょっと異様な姿のまま銜え煙草でのんびり歩いていた。
ひそひそ……
周囲の人々から奇異な目で見られるが、それを気にもとめずにのんびりと通りを進む。そんなハボックをぽかんと見ていると、
「あ、大佐」
そのときになって初めてロイの存在に気がついたらしく声をかけてきた。
「…一体なにをやっているんだお前は?」
周りの通行人の視線が痛い。小声で問いながらハボックの側に歩み寄り、なんとなく彼の手元に視線を落とす。
「鋼の?」
ハボックに小脇に抱えられて運ばれていたのは誰であろうエドワード・エルリックであった。腹の下に手を差し込まれてうつぶせに、まるで荷物よろしく運ばれるその姿にロイは、なんともいえない複雑な顔になった。
「何もそんな抱き方をしなくてもいいだろうに」
ロイのクレームにハボックは、
「片手が塞がってるから無理っスよ」
そういって左手に持っていたエドワードのトランクをロイに見せる。
「鋼の、眠っているのか…アルフォンス君はどうした?」
「それが…」
ハボックが言いかけた時、後ろから声がかかった。
「あ、大佐。こんにちは」
振り向くと大きな荷物を抱えた鎧。アルフォンス・エルリックがぺこりと頭を下げてきたのが見えた。
「すごい荷物だな」
「これはボクの荷物じゃなくて…」
ロイがそうたずねるとアルフォンスはちょっと困った顔で言葉を濁す。よく見るとアルフォンスの少し後からこれまた大きな荷物を持った老人が、ふうふうといいながら歩いてくるのが見えた。
どうやら人のいい弟は、困っていた老人の荷物を持ってやっているらしかった。
「なるほど。それで…なぜお前が鋼のを運んでいるのだ?」
そういってロイがハボックに顔を向けると、ハボックは気まずそうに明後日のほうを向きながらごにょごにょと口ごもる。
「は? なんだと?」
聞き取れなかったので幾分鋭い口調で聞き返すと、横から助け舟がでた。
「ボクが兄さんを運んでくれるようにハボックさんに頼んだんですよ。兄さんったら駅で寝こけちゃって、全然起きなかったから…」
と、いうことは駅からずっとこの異様な光景が繰り広げられていたわけか…
(確かに目立つな、コレは)
子供を小脇に抱えた、軍人。
大荷物を持った、全身鎧。
大荷物を持った、老人。
共通点などまったくないように見える。
呆れ顔のロイ。それを知ってかしらずか老人はのんきに、アルフォンスを促した。
「すまんがの。わしはちょっと急ぐでな」
「ああ、ごめんなさい。それじゃあボクこの荷物送り届けてきます。さっき言ってたとおり、あとで東方司令部まで兄さんを迎えにいきますから」
そういってアルフォンスは、ロイとハボックに頭を下げてから老人と連れ立っていってしまった。
「…それで、お前は何故駅まで行っていたんだ?」
「いゃあ、まあ。それはそれってことで」
ロイの冷たい視線から逃れるように笑って誤魔化すハボック。そのときエドワードがうめいた。
「う〜ん…」
ヘンな抱えかたをされているので苦しいらしい。
「いいかげん、その抱き方は止めてやれ」
「でも、やっぱり小さいですね、こいつ。デカイとこの持ち方はできないですよ、さすがに」
そのハボックのセリフが聞こえたのか、エドワードはよく寝ているにもかかわらずこぶしを握りしめてぱたぱたと振り回しながら、
「ちびってゆーなー…むにゃむにゃ…」
ぷっ。
大人ふたりは同時に吹き出した。
「はははっ、こいつホントに寝てんのか?!」
「鋼のらしいというか、なんというか…」
しばらくぱたぱたと暴れていたエドワードだったが、それが大人しくなるころを見計らって、ロイが申し出た。
「私が鋼のを抱いて運ぼう」
「はい」
ハボックの腕からエドワードを受け取とロイはそのまま横抱きに抱き上げる。俗にいうお姫様抱っこというヤツだ。起きたらまたエドワードに文句を言われそうだが今は気にしない。
抱き方が変わって体勢が楽になったせいか、エドワードの眠りがさっきより深くなった。ロイの軍服の胸のあたりを握りしめ熟睡しはじめる。
いつもは気まぐれな恋人も寝ているときは大人しい。
自分の胸に抱かれて眠るエドワードの寝顔を真上から眺めながら、ロイは緩みそうになる頬を必死に引き締めた。一応部下の手前、あまりにやけた顔を見せるわけにはいかない。
「それにしてもよく寝てますね」
そう言ってのぞき込んだハボックはあいていた右手で、エドワードの頬を撫でる。その手のひらの感触に、無意識にエドワードは顔をその手にすりつけた。
「ん〜」
「おっ?」
かわいい、と思わず小さくもらすハボック。
彼にしてみれば『めったに人になれない凶暴なノラ猫が懐いた』的。小動物に対する気持ちのようなものだったのだが……
その自分の部下の不用意な呟きを耳ざとく聞きつけたロイは、機嫌を一気に氷点下まで下げた。
「さ、帰るぞ!」
不機嫌に言い放ってからエドワードを抱えなおすと、さっさと歩き出す。
「え、あ、大佐!」
慌ててロイの後を追うが、なぜロイが急に不機嫌になったのか皆目見当もつかないハボックであった。
ずかずかと東方司令部に向かって歩きながら、ロイの心中は穏やかではなかった。
街中で偶然エドワードに会えたことは喜ばしいことだと思う。エドワードのことだ、きっと色々と無理もしているだろうし、列車や駅で寝こけることもあるだろう…しかし、恋人であるロイとしては、可愛いエドワードの寝顔をあまり他人には見せたくないというのも本音だ。しかも、その寝顔を間近で見たのが自分の部下で、あまつさえエドワードがその相手にたいして懐くような行動をとるなどとは……
(許せん!)
たとえ寝ぼけていたとしても腹立たしい。
この今の感情に名前をつけるとすると、きっと…そう『ヤキモチ』だ。
自分でも大人気ないとわかってはいるが、エドワードのことになるとどうも調子が狂う。
ロイが不機嫌なオーラをまわりに振りまきながら歩いていると、不意に腕の中のエドワードが身じろぎした。
「う〜ん」
なにやらむにゃむにゃ言っている。どうやら寝言のようだ。ロイがそっと耳を近づけてみると、
「ロイ〜…」
どうやらその様子からしてロイの夢を見ているようだ。そのままぎゅーっとロイにしがみついてくる。
「エドワード…」
あっさりとロイの機嫌が直った。
(我ながら現金なものだな、私も)
そう苦笑しながらロイはエドワードの耳元に唇を寄せて囁いた。
「愛しているよエドワード」
そのロイの顔には極上の笑みが浮かんでいた。
end