The play or the trick?

 数十歩先の廊下の曲がり角からちらりと見えたのは、蜂蜜色の三つ編み。
(あの蜂蜜色の三つ編みは……鋼のか)
 廊下を歩いていたロイの足が、自然と早くなる。角を曲がって、その先の廊下を歩く人物の後姿を確認すれば、それは間違いなくエドワードだった。
 エドワードは高く積み上げられた紙(おそらく書類だろう)を両手で抱えて廊下をやや慎重な足取りで歩いていた。
(ふふっ……)
 何を思いついたのか、ロイは唇の端をわずかに上げた。
 今、廊下にはエドワードとロイ以外、誰も歩いていない。それを確認してから、ロイはそろりそろりと歩くエドワードの背後に気配を消してすすすっと音もなく近寄ると、エドワードのほうへすっと片手を伸ばして――その華奢な腰を下から上にむかって撫で上げた。
「うっひやぁっ!?」
 突然、背後から腰を撫で上げられたことに驚いたエドワードは思わず持っていた書類から両手を離した。
 ばさばさっ!
 手から離れた書類が床に落ちる。しかし、それを気にしているだけの心の余裕は今のエドワードにはなく――ものすごい勢いでその場を飛び退って後ろを振り向いたエドワードの目に映ったものは……
「やあ、鋼の」
 片手を軽く上げて、にっこりと笑いながら挨拶をしてくるロイの姿だった。
「いっ、今の、触ったの大佐だな!?」
 触られた感触を消そうとしているのか、自分で自分の腰を両手でさすりつつ、上目遣いにロイを睨んでくる。――その顔がちょっと赤い。
「わかってんのか? そーゆーのセクハラって言うんだぞ!」
 涙目で抗議するエドワードに、ロイは涼しい顔で、
「確かに、他の女性にこんなことをすればセクハラだな。だが、私が鋼のにこういうことをしてもセクハラとは言わないだろう? 恋人同士。じゃれあいの範囲内だ」
 しゃあしゃあと言い切るロイ。
「っ〜〜!」
 エドワードはびしっとロイの鼻先に指を突きつけて、何か文句の一つでも言ってやろうとして――いうことが思いつかなかったのか、ただ口をパクパクさせていただけだったが――突然、急に静かになった。
 突きつけていた指をひっこめ、ふっとロイの顔から視線を外すと、黙って自分がさっき床の上にぶちまいた書類を拾い始める。
「鋼の?」
「…………」
 呼びかけても返事もしない。
 こっちを見ようともしないエドワードに、ロイは内心あせった。
(怒らせたか?)
 エドワードの様子を気にしつつ、ロイも隣に屈み込んで書類を拾い始めた。


「これで全部かな」
 拾い集めた書類をエドワードに手渡す。しかしエドワードは顔も上げずに黙ってその紙の束を受け取った。
(まずいな。本気で怒らせたようだ……)
 ロイがうかがうようにエドワードの顔を覗きこむのとほぼ同時に、エドワードがゆっくりと顔を上げた。
 エドワードとロイの視線が真正面からぶつかる。
「……」
「は、鋼の?」
 両手に持った書類を握り締めて、キッと睨むようにしてこちらを見るエドワードに、ロイは内心うろたえつつその視線を受け止めた。
「…………」
「…………」
 ロイが沈黙に耐え切れなくなって視線をはずそうとした時。
「なあ、大佐」
 エドワードがやっと口を開いた。
 いつもの声よりも一段低いその声に、ロイは押されたように心持ち身を引いて尋ね返した。
「な、何だ鋼の?」
「他の女の人にも、今の……セクハラみたいなコトしてんのか?」
「はぁ?」
 エドワードのその問いに、ロイはしばらくぽかんとしてから――笑い出した。
「ははははっ」
「なっ、なんで笑うんだよ!」
「何を怒っているのかと思えばそんなことか」
「そんなコトってなんだよ!」
 むくれて言い返してくるエドワード。ロイは笑いをおさめると、真面目な顔でエドワードの金色の瞳を覗き込むようにして言った。
「心配しなくても、こんなことをするのは鋼のだけだよ。君があんまりかわいい反応を返してくるものだからついつい悪戯したくなってしまってね」
「かわいいってなんだよ!」
 ぷぅと頬を膨らませて、エドワード。
 ロイは極上の笑みを見せながら、
「心配しなくても私の心はエドワードのものだよ」
「だ、誰が心配なんか……」
 赤くなってもごもごと口ごもるエドワードの耳元に唇をよせてロイが囁くように言った。
「愛しているよエドワード」
「わ〜!! こんな廊下でそんなこと言うなよ!」
 すぐそばでないと聞き取れないほどの小声だったにもかかわらず、エドワードは大声を上げながら持っていた書類を手放して両手で慌ててロイの口をふさいだ。
「…………」
 びくびくと辺りを見回すが、やはり廊下には二人以外誰もいない。
 ついでにエドワードが上げた大声を聞きつけた人間もいなかったようだ。
「ふぅ〜」
 思わず止めてしまっていた息を吐き出す。それと同時に力の抜けたエドワードの両手を口から引き剥がしながら、ロイがぼそりといった。
「やれやれ。せっかく拾ったのに、また拾いなおしだな」
「あっ!」
 ロイの言葉に足元を見れば、床にはさっきと同じように一面に書類が散らばっていた。


「元はといえば大佐が悪いんだからな! ヘンなことしてくるから」
「はいはい。だからちゃんと拾うのを手伝っているだろう?」
「う゛〜」
 まだまだ文句の言いたそうなエドワードをなだめつつ、二人は仲良く床一面に散乱した書類を拾い始めた。


end