わいわいとにぎやかな声が、食堂の扉ごしに廊下まで聞こえてきた。
その声の出所に目を向けて、ホークアイは口元に笑みを浮かべた。
「なんだかにぎやかね」
声をかけながら食堂へと入っていけば、ずらりと並んだテーブルの、そのうち一つに座ってわいわいとしゃべっていたエルリック兄弟がそろってこっちを振り返った。
「あ、中尉こんにちは」
「中尉も食べる?」
そう言ってエドワードはテーブルの上に置いていた紙袋を引き寄せるとホークアイにむかって差し出した。
ホークアイはその紙袋の中身を覗き込んで、
「あら、ドーナツ。おいしそうね」
エドワードはチョコのかかったドーナツをもぐもぐ食べながら、
「ここの店、けっこううまいんだぜ」
「ありがとう。でも、さっきお昼をすませたばかりだからお腹がいっぱいなのよ。その気持ちだけありがたく受け取っておくわ」
「そりゃ残念」
言いながらエドワードは、ドーナツの最後のひとくちを口の中に放り込んだ。そのまま手を止めずにテーブルの上に置いた紙袋の中から、新たに次のドーナツを一つ取るとぱくっ、とかじりつく。
「けっこう数があるけれど、これ全部一人で食べるの?」
ホークアイの言葉に、エドワードがドーナツをかじりながらこくこくうなずいたのを見て、アルフォンスが肩をすくめた。
「ボクは無理だからやめといたほうがいいって言ったんですけどね」
「でもさ、新商品って一通り全部食べてみたくなんない?」
「それでも、何も一度に買わなくても……」
そんな事を言っていると、後ろからよく知った声が聞こえた。
「お。うまそうなの食ってんな」
食堂の入り口からこっちを見ていたハボックに気がついて、
「ハボックさんも食べます?」
「まだたくさんあるから食べてけよ」
「いいのか?」
エドワードとアルフォンスに手招きされて嬉しそうにテーブルのそばへとやってくる。
「なにがあるんだ?」
テーブルの上のドーナツの入った紙袋を覗き込みながら、エドワードにたずねる。
「色々あるよ。新商品を一通り一個ずつ買ったから」
「今、お前が食ってるやつって中になにが入ってるんだ?」
「ん? これ? これはカスタード。中身チョコのもまだ残ってるよ」
手に持ったドーナツをもぐもぐ食べながら、エドワード。
ハボックは、ドーナツを持っているエドワードの手首を掴んで軽くひっぱって口から離すと、椅子に座っているエドワードの頭の上から覆いかぶさるようにしてその手元を覗き込んだ。
「どれどれ……人の食ってるやつってなんでかうまそうに見えるんだよな〜」
「これはやんない」
「わかってるっ、て……」
そこまで言って、ふいにハボックの言葉が不自然に途切れた。
ゾクゾクッ!
ハボックの背筋を、なんともいいようのない悪寒が駆け抜けていく。
ぎぎぎっ、とぎくしゃくとした動きで肩越しにちらりと背後を見て、ハボックはその動きを完全に止めた。
「!!」
「ん?」
急に言葉の途切れたハボックを不審に思ったのか、エドワードは手に持っていたかじりかけのドーナツの残りを一度にほおばってもぐもぐしなから、ハボックの見ている視線の先を目で追った。
見ると、食堂の入り口にロイが腕組をして立っていた。
「…………」
じっとこちらに向けられた視線は、いまだにエドワードの手首を掴んだままのハボックの手に固定されている。
「っ!」
ロイの視線に気がついた瞬間――ハボックはばっ、と手を離すと慌ててエドワードのそばから離れた。
「ハボック少尉」
「は、はい!」
抑揚のない静かな声で名前を呼ばれ、慌ててハボックは身体ごと、ロイのほうに向き直る。
「一体こんなところでなにをしている?」
静かな声のままそうたずねるロイ。顔は笑顔だが目が全然笑っていない。
「い、いえ。な、なにも!」
直立不動のまま、うわずった声で答えると、
「……そうか」
ロイは静かに、しかしどことなく含みのある声でそう言うと、今度はエドワードのほうに顔を向けた。
(ヤバっ。なんかしらないけど怒ってるよ、あの目は)
いつもと違う。静かな怒りを感じさせる視線に、エドワードは困ったように誤魔化し笑いを浮かべた。そんな誤魔化し笑いを無視して、ロイは無言でエドワードが座っている椅子のすぐ前に立つ。――そして、いきなりその小柄な身体を肩に担ぎ上げた。
「うわわっ?!」
突然のことに驚いて暴れそうになるエドワードをしっかりと手で押さえて、こちらの様子を呆然と見ていたアルフォンスのほうに向き直り、
「アルフォンス君。すまないがしばらく鋼のを借りていくよ」
「あ、はい」
――今の大佐には逆らわないほうがいい。
直感的にそう感じ取ったアルフォンスは反射的にこくこくとうなずいた。
「ちょっと大佐! なにに怒ってんのかしらねぇけど、たぶん誤解だってば!!」
「言い分は後で聞く」
肩の上でばたばた暴れるエドワードの言葉には耳を貸さず、ロイはエドワードを担いだまま今度は、ハボックのほうに向き直った。
「それから、ハボック少尉」
「は、はい!」
突然話をふられて、ハボックはびくっ、と肩を震わせた。
「話がある。後で私のところに来い」
いつもより低い、どこか感情を押し殺したような声音でそれだけ言うと、ロイはそのままエドワードを担いで食堂を後にした。
そして、その場に取り残された三人は―――
「兄さん、大丈夫かな」
あまり心配していないような口調でアルフォンスがつぶやく、
「まあ、エドワード君なら大丈夫でしょう」
ホークアイも、同じく心配していないような口調で答えた。
「問題はハボック少尉の方だと思うけれど?」
「…………」
そのホークアイの指摘に、ハボックは硬直したままだらだらと大量の汗をかき、その場に立ち尽くした。
ああ、後が怖い……
end