勝利を我が手に

「えーっと、なになに……『第一回 variant rule鬼ごっこ』? なんだこれ?」
 ぽかんと立ち尽くすエドワードのはるか頭上にデカデカと掲げられた横断幕。
 そこにはこう書かれてあった――

『第一回 variant rule鬼ごっこ』


 そのまったく見覚えのない景色と、横断幕に首をひねるが、まったくなにも思い出せない。
 気がついたときには、すでにここに一人で立っていたのだ。
「? オレどうしたんだっけ……?」
 思い出そうと腕を組んで考え込んでいると後ろからぽんと肩を叩かれた。
「ここにいたのねエドワード君。探したのよ」
 振り返った先にはにこやかな笑顔のホークアイ。しかし服装がいつもと違う。軍服ではなく、なぜか黒い色のタキシードのようなスーツを着ていた。
「中尉。その服なに?」
「あ、気にしないで。さ、行きましょ」
「えっ?」
 エドワードの問いには答えず、ホークアイはエドワードの腕を取ると、すたすたと歩き出した。
 そのまま、わけもわからずにホークアイにひっぱられて連れてこられた先は、ただっ広い広場のような場所だった。
 その中央に造られたステージの上、一段高くなっている場所に設置されたちょっと豪華な椅子に無理やり座らされる。
「ちょっと待って中尉! オレ、なにがなんだか……」
 離れていくホークアイの背中を呼び止めようとエドワードが立ち上がろうとした、その時――
 ガシッ!
 背後から両肩をつかまれた。そのまま強い力で椅子へと引き戻される。
「?!」
 びっくりして後ろを振り返ったエドワードが見たものは、椅子の背もたれ越しに手を伸ばし、エドワードの両肩にがっしりと手をかけた弟の姿だった。
「なにやってんだアル?」
「兄さん、動いちゃダメだよ。兄さんはこのために呼ばれたんだから」
「はあ?」
 意味不明なことを言い出すアルフォンスにエドワードは怪訝な顔をした。
「ちなみにボクは、兄さんをここに引き止めとくために呼ばれたんだけどね」
「??」
 ますます意味がわからない。
 頭の上に疑問符を浮かべたまま、困惑気味のエドワードをよそにステージの前には続々と人が集まってきた。
 軍服の人間ばかりいるような気がする。ほとんどは顔も名前も知らない人間だが、中には東方司令部の顔見知りも何人か混ざっていた。
「へっ?! なんであんなトコに大佐がいるんだ?」
 エドワードの視線の先。
 ステージ前の最前列でこっちにむかってにこやかに手を振っているのは紛れもなくロイ・マスタング大佐。
「いったいなんなんだ、コレ? なんで大佐まで混ざってるんだよ……」
 思わず頭を抱えるエドワード。
 そんなエドワードの隣ではいつの間にかステージ上に上がってきたホークアイが大きな声で集まった人々にルールの説明をしていた。
『ルールを説明します。
 制限時間は二時間。
 その間にターゲットの人が持っている赤いスカーフを手に入れた人の勝ちです。
 時間切れ。もしくはターゲット以外の参加者がすべて行動不能となった時点で、ターゲットの勝ちとします。
 勝利者には、何でも希望のものを一つだけ、差し上げます。
 それでは皆さんがんばってください』
 ホークアイはポケットから取り出した赤いスカーフを手にステージの端まで歩いていくと、かがみこんで下にいる誰かにそのスカーフを渡した。そしてすっと立ち上がると大きな声で、
『それでは、事前に抽選で選ばれたターゲットの人。逃げてください。
 ほかの参加者は次の合図でスタートします。
 では!』
 そのホークアイの声を合図に会場から走り出したのはロイだった。
 赤いスカーフを腕に結び、広場の入り口から外へ向かっていく。参加者の視界からロイの姿が完全に見えなくなった頃、
『全員スタートしてください!』
 ホークアイの声が再び会場内に響いた。
 その声を合図に、参加者がいっせいにターゲットのロイを追いかけて広場から駆け出していった。
 その光景を呆然と見ながら、エドワード。
「……ターゲットって、大佐だったのか…」
 呆れたようなエドワードの呟きを聞きつけたのか、ホークアイがこっちを振り返って、
「ちゃんと公平に抽選で決めた結果よ」
「ちなみに、兄さんは希望商品の中のひとつだからね」
「へっ?」
 アルフォンスの言葉に思わず聞き返すと、ホークアイが代わりに説明してくれた。
「参加登録の段階で、希望商品を聞いておいたのよ。優勝したら自分の欲しいものがもらえるという仕組みなの」
「……その中のひとつがオレ?」
「らしいよ」
 誰が希望したか、なんて聞かなくてもわかった気がしたエドワードであった。
「ちなみに、変わったところでは『有休一週間』っていうのもあったわね」
「「あはははっ……」」
 なんだか現実味のあるというか、なんというか……ものすごい希望商品に笑うしかないエルリック兄弟であった。


 三人がのんびりとそんな話をしていた時、広場の外はものすごいことになっていた。
 どかん!!
「うわあぁぁ!」
 ずどん!!
「ひぃぃぃ!」
 ものすごい爆音と、爆煙。悲鳴がステージまで聞こえてくる。
「あ、今誰か吹っ飛んだ」
「すげぇ」
『応戦してもかまいませんが死人は出さないように!』
 とっさにホークアイが注意を呼びかけるが、爆音はおさまらない。
「大佐、本気みたいですね」
「いつもこれぐらい気合が入っていれば仕事がはかどるのに」
「はははは……」
 ふぅ、と頬に手を当ててホークアイ。それを見てエドワードはうつろに笑った。


 爆音がやっとおさまり、辺りが静けさに包まれる頃。
 まともに立っていたのは、ロイただ一人だった。
 彼のまわりにはコゲコゲのボロボロにされた哀れな参加者達が累々と横たわっていた。うめき声を上げ、ピクピクと痙攣している参加者達には目もくれず、まっすぐステージへと戻ってくるとロイは、にこやかにステージ上へと上がり、
「待たせたね、鋼の」
 腕に結んだスカーフをホークアイに返しながらエドワードに向かって極上の笑みを見せる。
「それでは、優勝は大佐ということで……」
 そう言ってアルフォンスは、いまだにぼけっと椅子に座ったままのエドワードを無理やり立たせるとその背中を押してロイの前へと進ませた。
「は? へっ?」
 自分の置かれた状況をまだ理解していないエドワードが戸惑った声を上げている間に、ロイは花嫁のようにエドワードを横抱きに抱き上げた。(俗に言う、お姫様抱っこというヤツだ)
「よっと」
「うわっ?!」
 突然抱き上げられて慌てているエドワードに、にっこりと笑いかけながら、
「それでは、優勝商品であるエドワードは『私のモノ』ということで……」
「『ということで』じゃねー!!」
 そのロイのセリフにエドワードははっと我にかえった。ちょうど目の高さにきていたロイの顎に向かって左腕を振り上げる。
 ガスッ!
 繰り出されたショートアッパーがものの見事にロイの顎にヒットした。
「ぐっ!」
 不意打ちで下から襲ってきた左手に、エドワードを抱き上げていたロイの腕の力がわずかにゆるむ。その隙を見計らってエドワードはするりとその腕から逃げ出した。
「あっ! エドワード!」
「兄さん! 待って」
 呼び止める二人の声を無視して会場の外を目指し、エドワードは一目散に走り出した。


 ちらりと後ろを振り向けば、エドワードを追いかけてくるアルフォンスとロイの姿が……
「しつこい!」
 振り切ろうとさらにスピードを上げるエドワード。
 しばらくそのまま走り続けていたが、ある異変に気がついた。後ろからエドワードを追いかけてきている足音が、やけに多い――
「ん?」
 恐る恐る後ろを振り返って、エドワードは思わず絶句した。
「!!」
『鋼の〜!』
 まったく同じ声。同じ姿をした、視界を埋め尽くすほどの数のロイが、口々にエドワードの名を呼びながら追いかけてくるではないか。
「げげっ?!」
 身の危険すら感じる目の前の光景にパニックを起こしかける。
(あんなのに捕まったら絶対ヤバイ!)
 エドワードは必死に走るが、速度はロイたちのほうがわずかに速い。
 徐々に後ろとの距離が縮まって、すぐ後ろまで迫ってきた大勢の足音と声。そして――大勢の中のどれか一人のロイの手がエドワードの上着の裾をぐっとつかんだ。
「わっ!!」
 急に後ろへと引っ張られて前へつんのめりかける。そこに次々にロイの手が伸びてきて、あっと言う間に身動きがとれなくなった。
『鋼の〜!!』
「うわあぁぁぁぁ!」
 そこに殺到したたくさんのロイに押しつぶされ、もみくちゃにされて、声にならない悲鳴を上げなから――エドワードの視界は暗転した。


「うわぁぁぁ!」
 ガバッ!
 毛布を跳ねのけ飛び起きたエドワードの勢いに驚いたアルフォンスが駆け寄ってくる。
「! ど、どうしたの兄さん?!」
 アルフォンスの顔を見てはっと我に返った。
「へ? ああ…夢か……」
 はあはあと肩で息をしながらエドワードはベッドの上に座りなおした。気が抜けて安堵のため息がもれる。
「はぁ〜」
「急に飛び起きるからびっくりしたよ」
「わりぃ」
 落ち着いて辺りを見回せば、ここは見慣れた東方司令部の仮眠室で。執務室で眠りこけたエドワードをアルフォンスが運んでくれたらしい。
「そうそう、後で大佐が様子を見にくるって言ってたけど……」
 コンコン。
 アルフォンスがすべて言い終わらないうちに、ドアをノックする音とともにロイがひょっこりと顔を出した。
「鋼の。起きたかい? さっき途中になった話だが……」
 部屋に入ってきながら言うロイの言葉に、エドワードはうとうとと半分眠りながらしたロイとのやりとりを漠然と思い出した。


「賭け?」
「そう。負けたほうが勝ったほうの言うことをひとつだけ聞く。というのはどうだろう?」
「……またムチャな要求する気だろう?」
「君が勝てばいいだけのことだ」
「そうだけどさ……」


(……思い出した。ヘンな夢見たのはそのせいか……)
 頭を抱えたエドワードの様子に気付かずに、ロイは上機嫌で話を続けた。
「どうだい? 私と賭けをする気になったかい?」
 エドワードは眉間にしわを寄せると思いっきり嫌そうに言い切った。
「……絶対にヤダ!」


end