オレが大佐で、大佐がオレ?!
〈3〉

 ――執務室で仕事を開始してから数時間が経過。
 慣れない他人の身体(エドワードと中身が入れ替わったままなので、現在はエドワードの身体)で、いっこうに量の減らない、むしろ増えていそうな気さえする膨大な量の書類と格闘していたロイは、外から聞こえた物音にペンを持った手を止めた。
「?」
 どうやら物音は窓の外からのものらしい。
 それに気がついて窓のほうへと目を向けると、鍵のかかっていなかった窓がガタンと大きな音を立ててひとりでに開いた。
 ロイはペンを握り締めたままその光景を凝視した。
「?!」
 どこか見覚えのある右足がにゅっと伸びてきて窓枠に足をかけ、続いて窓枠の上側に左手がかかったかと思うと、ロイのよく見たことのある。それこそ、毎日、鏡の中で見ている黒髪の頭が中に入ってきた。
「は、鋼の?!」
 思わず持っていたペンを取り落とす。
 窓から侵入してきたエドワード(ロイと中身が入れ替わったまま)は窓枠に右足をかけ、左手で窓枠をつかんで身体を支えた姿勢のままでにっと笑った。
「大佐。オレの身体どうなってる?」
「どうって……それより、一体君はどこから入ってきているんだ!」
「どこって、窓から」
 しれっと悪びれもせずに答えるエドワード。
 ロイはくらくらする頭を手で押さえた。
「……なぜ普通にこないんだ、君は」
 頭を抱えたロイに対してエドワードはけろっとして、
「だって、大佐がこんな時間に私服で東方司令部に来るとなんかマズイかなって」
「私が窓から建物に侵入しているほうがマズイと思うぞ、それは」
「あ、てへ」
 ロイに指摘されてはじめてそれに気がついたエドワードはテレ笑い。
 そんなエドワードを見てロイはますます頭を抱えた。
「とにかく早く中に」
 エドワードを部屋の中にまねきいれて窓を閉めようとしていたロイは、あることに気がついてぱたぱたと服の埃をはたいていたエドワードを振り返って訪ねた。
「鋼の。アルフォンス君はどうした? 一緒じゃないのか?」
「ああ、アルなら入り口から入るって」
 さらりと返ってきたその答えに、ロイは大きなため息をついた。
「……君も普通にそうしてしかったよ」


 ――しばらくして。
 アルフォンスと、ロイから連絡を受けたホークアイが執務室に到着した。
 さっそくソファに座って顔を寄せ合い、四人で今後の対策を話し合う。
「だいたいの話はアルフォンス君から聞きました。二人とも、何も変化は見られないようですね」
「大佐のほうも変化なしか……」
「ふむ」
「まさか、兄さんたちずっとこのままっていうんじゃ……」
 突然、とんでもないことを言い出したアルフォンスの言葉にその場にいた全員の顔がさっと青ざめた。
「「「それはこまる!」」」
 エドワードとロイとホークアイの三人が、口をそろえていっせいに、
「それはこまります! そんなに長期間入れ替わられたままでは仕事に支障が出てきます」
「それはマジでこまるって! オレだって大佐の身体だと迂闊にうろうろできないし」
「私もこまる! この身体のままでは鋼のを抱き上げることすら出来ないじゃないか!」
「……大佐」
 ロイの発言にエドワードがジト目でロイを睨んだ。
『…………』
 無言でロイに突き刺さるエドワード、アルフォンス、ホークアイの冷たい視線。
「……すいません」
 ロイは小さくなって頭を下げた。


 ……気を取り直して。
「真面目な話をしようぜ」
「そうですね」
「そうだ! 入れ替わった時と同じ衝撃を与えてみるっていうのはどうかな? 確か聞いた話では兄さんが本を取ろうとしてそうなったんだよね?」
 アルの提案に渋い顔をしたのはエドワードの身体に入っているロイだった。その時のことを思い出すように金色の瞳を軽く伏せて考え込む。
「あの時とまったく同じ条件というのは難しいな。あれは偶発的な事故だ」
 現場を目撃したホークアイもその時のことを思い出しながら、
「別に、まったく同じでなくてもかまわないのではないでしょうか?」
「でもさ、コケたショックか、本が落ちてきたショックかっていうのが問題だよな」
 イライラと黒髪をかき回すエドワード。それを見てアルフォンスが宥めるように兄の肩を叩いた。
「でもずっとこのままってワケにもいかないよ、兄さん」
「そうだな……試すだけ試してみるか? 大佐」
「とりあえず、それしかないようだな」
 エドワードとロイは顔を見合わせると、うなづいてソファから立ち上がった。二人が場所を移動しようとした、その時。
 バーン!
 ノックもそこそこに、ドアを乱暴に開けてハボックがものすごい勢いで飛び込んできた。
「大佐! さっきアルから聞いたんですけど身体と中身が入れ替わったって本当なんですか?!」
 大声で言いながらロイ(しつこいようだが中身はエドワード)のほうに突進して……途中で何かにけつまずいた。
「どぅわっ!」
「うわっ?!」
「なに?!」
 勢いそのままに、エドワードに体当たりをする格好でハボックが派手にぶつかってきた。
 まったく予想していなかったエドワードは完全に不意を突かれてハボックとともに床に倒れこむ。
 そして、ちょうどそのエドワードの後ろに立っていたロイも巻き込まれてコケるはめになった。
 どさっ!
 ごちん!
「イテッ!」
「重い」
「くるしー」
 一番下になって押しつぶされた小柄な身体を、ホークアイとアルフォンスが二人ががりで助け起こす。
『大丈夫ですか?!』
「いたたたっ」
「あ〜重かった」
 何とか身体を起こしたエドワードとロイは、お互いの顔を見合わせて『あっ!』と声を上げた。
「えっ?」
「どうしたんです?」
「なんかあったんですか?」
 きょとんとしているホークアイとアルフォンス。そして自力で起き上がったハボックをよそに、エドワードは自分で自分の顔を指差しながらアルフォンスにむかって笑って見せた。
「アル! ほらほら、オレ元に戻ってるよ!」
「本当に戻ったの兄さん?」
 半信半疑なアルフォンスに、エドワードはにやりと笑って見せる。
「おう、バッチリだぜ!」
 そんなエドワードを見てアルフォンスははたと気がついた。
「じゃあ大佐はどうなったの?」
「鋼の!」
 突然、後ろから近づいてきたロイが座り込んだままのエドワードにがばっと抱きついた。
 そのまま脇の下から腕を差し込んで掬い上げるようにしてその小柄な身体を軽々と抱き上げる。
「わわっ?!」
「鋼の〜! もう二度とこの腕で抱き上げられないかと心配したよ」
「おろせよ大佐!」
 完全に床からつま先が離れてしまった両足をばたつかせて激しく抵抗するエドワードを無視して、ロイはエドワードの蜂蜜色の髪にすりすりと頬をすり寄せた。
「鋼の」
「いいからおろせ! すりつくな!」
 さらにばたばた暴れるエドワードと、その抵抗をきっぱりと無視してぎゅうっとエドワードを抱きしめてすりすりと頬擦りをしているロイを呆然と見ながらハボックはホークアイにたずねた。
「……一体何があったんですか?」
「まあ、その……色々と……」
「理由はよくわからないけど、兄さんと大佐が元に戻ったみたいでよかったよ」
「へっ?」
 ほっと安堵の息を吐くアルフォンスを見て、さらにハボックが不思議そうな顔をする。
「ま、とりあえず……」
「?」
 事態が飲み込めずに戸惑っているハボックの肩を左右からぽんぽんと叩いて、ホークアイとアルフォンスは同時に言った。
『お手柄です。ハボック少尉』


end