〈1〉
(声。かけちゃマズイよな……)
エドワードは山積みの書類と格闘しているロイの姿を盗み見て、こっそりため息をついた。
ロイに頼んでおいた資料を受け取りに東方司令部まできたエドワードだったが、どうやらタイミングが悪かったようだ。
ロイのいる執務室を訪ねれば、『必死』という文字を背中に背負ったようなロイが黙々と書類にペンを走らせていた。
その執務室の雰囲気になんとなく声をかけ損なったエドワードがぽつんと部屋の入り口で立ち尽くしていると、エドワードが来たことに気がついたらしいロイが机から顔も上げずに声をかけてきた。
「鋼のか? 今、手が放せないからしばらく待ってくれ」
「あっ、うん」
エドワードはロイの仕事の邪魔をしないように気を使いながら室内に入り極力静かにドアを閉めるとソファに腰掛けてロイの作業が一段落するまで待つことにした。
(あー、ヒマだな……ん?)
ぼんやりと室内を眺めていると壁際に置いてある本棚が目に入った。
棚の中にきっちりと収まっている本の中に気になるタイトルの本を発見。
(ヒマつぶしにちょうどいいや)
音を立てないように静かに立ち上がり、エドワードは本棚の本へと手を伸ばした。
「……くっ!」
……手が届かない。
本棚の一番上の段に納められたその本は、どんなにエドワードが背伸びをして手を伸ばしても指先がかすりもしない。
(くっそ〜! どっかに踏み台は……あるわけないか)
エドワードは踏み台を探して室内を見回したが、はた、と気がついてあっさりとあきらめた。この部屋の主にとってこの本棚は『手が届く高さ』なのだ。踏み台などあるはずがない。
(ほかに代わりになるような物は……)
東方司令部の中を思い出して踏み台、またはその代わりになるような物がなかったか思い出そうと頭をひねる。
「うーん」
もうすでに、静かにしようという思考はエドワードの頭の中からきれいさっぱり消えていた。
「あっ!」
ピン、とひらめく。
急に大声を出し、執務室から飛びだしていったエドワードの勢いに驚いたロイが机から顔を上げた。
「鋼の? いったいなにごとだ」
ロイは不思議そうに、ドアをあけっぱなしにしたまま走り去っていく小さな背中を見送った。
―――しばらくして。
ゴトゴトと騒々しい物音とともにエドワードが執務室に戻ってきた。
「鋼の。一体何を……」
ロイはそこまで言いかけて……止まった。
エドワードはどこから持ってきたのか、一脚の小さめの椅子を引きずっていた。
「あ、こっちは気にせずに大佐は仕事してろよ」
(気にせずにと言われても……)
本棚の前に椅子を置いてその上にのぼるエドワードを見つつ、ロイは心の中で突っ込んだ。
気にするなと言うものの、エドワードは不安定な椅子の上でさらに背伸びをして本棚の本を取ろうとしているのだ。はたで見ているとぐらぐらとして危なっかしいことこの上ない。
「!」
とうとうロイが黙っていられずにペンを放り出してエドワードのところへ駆け寄った。後ろから腕を伸ばしぐらぐら危なっかしいエドワードの身体を支える。
「ずいぶんと危ないことをしているな、鋼の」
「うっ……」
ロイが呆れつつ椅子に乗ったままのエドワードを見ると、エドワードはばつの悪い顔をして黙り込んだ。
ロイの仕事の邪魔をしないようにと踏み台代わりの椅子まで探してきたというのに、結果的に仕事の邪魔をしてしまったようだ。
「言ってくれればいくらでも手を貸したのに」
エドワードを椅子からおろして椅子を本棚の脇によけると、ロイはエドワードに向かって尋ねた。
「どの本だ?」
「え? あ、その一番上の棚の……もっと右。その横の、……それじゃなくって……あ〜もう! 自分でとる。大佐どいて!」
欲しい本の場所がうまく説明できなくて、とうとうエドワードが癇癪を起こした。ロイの軍服を引っ張って強引に横にどかそうとする。
「わかったわかった」
ロイは苦笑しながら半歩後ろに下がると、隣にいたエドワードの腰に背中から両腕を回してその小柄な身体をひょいと抱き上げた。
「わわっ?!」
突然抱き上げられたエドワードがびっくりしてバタバタと暴れだす。そのエドワードにロイが一言。
「こら、あまり暴れると落ちるぞ」
「くっ!」
その言葉に急に大人しくなった。
「これで手が届くだろう?」
「何も抱き上げなくたって……」
ぶつぶつと口の中で文句を言いながらも本棚に手を伸ばした。
「と、取れない」
目的の本に指をかけて引き抜こうとしたが、本棚にぎっちりと本が詰まっていて本が取れない。しかたなく無理やり本を取ろうと、エドワードが手に力を込めて思いっきり本を引き抜いた。
次の瞬間。
ごそっ!
一番上の棚に納まっていた本の半分が本棚から一緒に引き抜かれた。
「げっ!」
エドワードの目の前で、空中に放り出された本達が支えを失っていっせいに下にむかって落ちてくる。
その真下にいるのはもちろんエドワードとロイなワケで……
「げげっ!」
エドワードの慌てた声にロイも上を見上げた。
「何?!」
その場から逃げるまもなくたくさんの本が襲いかかってきた。
思わず逃げようとしてバランスを崩したロイは、エドワードを抱き上げた体勢のまま後ろむきに床に倒れこんだ。
その上から追いかけるようにしてたくさんの本が降ってくる。
ドサドサ!
『うわわわっ!』
廊下まで聞こえた悲鳴と物音に、たまたま部屋の前を通りかかったホークアイが驚いて執務室に飛び込んだ。
「なにごとですか大佐!」
彼女が見たのは、床に転がったまま多量の本に押しつぶされた二人の姿。
ホークアイは思わず入り口でぽかんと立ち尽くした。
『ぅぅぅ……』
「……はっ!」
本に押しつぶされてうめく二人の声を聞いてはっと我にかえった。慌てて本をどけエドワードとロイを本の中から助け出す。
「大丈夫ですか?」
『いたたた…』
先にエドワードをひっぱりおこして、ざっと怪我がないか確かめつつホークアイは声をかけた。
「大丈夫? 怪我はない? エドワード君」
「? 私は鋼のではないよ中尉」
エドワードの声、エドワードの姿をした、しかしエドワードではないらしい人物からそう返事が帰ってきた。
「? エドワード君、何を言って……」
ホークアイが困惑気味にエドワードを見ていると、隣で倒れていたロイが頭をふりふり起き上がってきた。
「いててっ。あーひどい目にあった……大佐、本棚に本詰め込みすぎ!」
ロイの声、ロイの姿をした、しかしロイではないらしい人物がそう言って相手を睨もうとして……固まった。
「あれ大佐は? なんでそこにオレがいるんだ?」
目の前にいる自分の身体を指差して首をひねる。
「? そこにいる私は……ひょっとして鋼のなのか?!」
こちらも、目の前に座り込んでいる自分の身体を指差して凍りつく。
「「「…………」」」
しばらく部屋の空気が凍った。
「わかりました」
三人の中で一番早く正気に戻ったホークアイが指でこめかみを押さえつつ言った。
「とりあえず二人とも落ち着いて。一度状況を整理しましょう」
「……じゃあなにか? さっきの本が落ちてきたアレでオレと大佐の中身が入れ替わっちゃったのか?」
ロイの身体に入ってしまったエドワードは、自分が着ている軍服の袖を引っ張りながら疑問を口にした。
「二人の話から推測するとそうなりますね」
ホークアイが困ったようにエドワードとロイを交互に見比べながら眉を寄せた。
「問題はどうすれば鋼のと私の身体が元に戻るか、と言うことだね」
エドワードの身体に入ってしまっているロイも顎に手を当てて考えこみながらうなった。
「そうだよな……」
「そうですね」
「「「う〜ん」」」
全員で腕組をしながら考え込んでいたがふと、ホークアイが思いついたように口を開いた。
「とりあえず。今後のこともありますからアルフォンス君を呼びましょうか」
「えええっ〜!!」
東方司令部に呼び出され、ホークアイの口から事情を説明されるや否や、アルフォンスはパニックをおこして兄のエドワードに取りすがった。(現在、中身はロイだが)
「冗談でしょ? 冗談なんだよね? みんなして僕のことからかってるだけなんでしょ?!」
かなり必死にエドワードにすがりつくアルフォンス。
しかし、エドワード、ロイ、ホークアイの三人は沈痛な面持ちで静かに首を横にふった。
「……そんな」
三人の答えにガーンとショックを受けたアルフォンスはへなへなとその場にへたり込んだ。
→ It continues.