ツイてない

「こんにち……」
 最後まで言い終わる前に、アルフォンスの声は後ろから走りこんできた人物の足音でかき消された。
 たった今、部屋に走りこんできた人物。ハボックはドアの近くで立ち尽くしているエドワードとアルフォンスの姿を認めると、片手を軽く上げて挨拶をして……そのまま足を止めずに奥へ走り去っていく。
「忙しそうだね」
「時間帯悪かったのかな」
 走り去ったハボックの背中を呆然と見送り、エドワードとアルフォンスは顔を見合わせた。
 今日の東方司令部はいつにも増して忙しそうだった。指示が飛び交い、電話が鳴り響き、ひっきりなしに人が出入りする。バタバタと走り回る人の邪魔にならないようにドアの脇にへばりつくようにして立っていたが、さすがにずっとここにいるワケにもいかない。
「……オレら邪魔みたいだし、帰るか」
「大佐に挨拶だけしていこうよ。……どうする図書館にでも行く?」
「だな」
 そうと決まればさっさと移動。と、さっそくロイの姿を探しはじめるエドワードとアルフォンス。
「あっ!」
「いたか?」
 ぐるりと室内を見回したアルフォンスは、ホークアイとともに歩いてくるロイの姿を発見した。
 片手に書類を握り締めたロイは、早足で歩きながらなにやら厳しい表情でホークアイと話し込んでいた。時折、報告に来た部下に手早く指示を出しては、またホークアイのほうへ向き直る。
「……ダメだ。声かけられる雰囲気じゃねーよ」
「……そーだね」
「しぁない。このまま行くか」
 エドワードの言葉にこくりとうなずいたアルフォンス。部屋から出ようとして、偶然こっちを見たホークアイと目があった。
 ふたりに気がついたホークアイが口を開く前に、アルフォンスは軽く頭だけ下げてから先に歩き出した兄の後を追った。


「えーっ?!」
 エドワードの不満の声に、応対してくれた図書館の職員はすまなさそうに苦笑いを浮かべた。
「悪いね。蔵書の点検中だから閲覧できないんだよ」
 申し訳なさそうにそう言う職員にたいして、それ以上強くも言えず。エドワードはがっくりと肩を落として入り口で待っている弟の元に戻った。
「……っとに、今日は踏んだり蹴ったりだ!!」
「まあまあ兄さん。そういう日もあるよ」
 ぷんぷんと怒る兄をなだめながら、アルフォンスはいつもの宿屋へと向かっていた。
 その途中。
 通りなれたいつもの道の真ん中に置かれた、一枚の看板。
『工事中の為。通行止め』
 ムカ!
 エドワードの怒りをさらに煽るようなその看板に、握り締めた拳がちょっと震えていたり……
「なんかオレに恨みでもあんのか〜!」
「まあまあ」
 今にもブチ切れて暴れだしそうなエドワードの両肩をしっかり押さえてなだめるアルフォンス。
「ツイてないこともあるよ。ほら、回り道こっちだって」
 アルフォンスが指差した方向。ほとんど通ったこともない路地へ続く道へとエドワードは足を踏み入れる。ぶつぶつ文句を言いながらしばらく歩いていると道の右手に小さな公園が見えた。
「ん? 公園か」
「あ、ほんと。この道ほとんど通らないから気がつかなかったね」
 それほど広くはないその公園はほとんど人気がなかった。
 公園の中に入り、隅のほうにいくつか置かれたベンチにドカッと腰を下ろすと、エドワードは荷物を放り出してうーんとのびをひとつ。
 なんとなく時間を確認してみれば、もうすぐ昼。太陽から降り注ぐやわらかな日の光が気持ちよくて眠気を誘われた。
(昨日も夜。遅かったからな……)
 眠たげにあくびをして、同じベンチに腰掛けたアルフォンスの傍にもそもそっと近寄るとその肩にもたれ掛かるようにして座りなおす。
「なに?」
「ちょっと寝る」
 目を閉じたエドワードに、ふと、思い出したようにアルフォンスが尋ねる。
「明日だったら、図書館入れるかな?」
「はぅ!」
「聞いてこなかったの?」
「………」
 どうやら図星だったらしい。アルフォンスにもたれたまま、目を閉じて昼寝を決め込んだエドワードの頬にたらりと冷汗が流れるのが見えた。


「えっ? 鋼のがここに来ていた!?」
 ホークアイの口から聞かされた話に、ロイは持っていたマグカップを取り落としそうになった。
「はい、アルフォンス君と一緒に。慌ただしかったので気を使ってくれたみたいですね。アルフォンス君とちょっと目が合ったんですが会釈だけしてそのまま……」
「帰ったのか!?」
「はい」
 その返事を聞いた途端。ロイはマグカップを机の上に置き、勢いよくイスから立ち上がる。
「しかし、エドワード君達が帰ってからずいぶん時間がたって……」
「中尉。すまないが後は任せる」
 ホークアイの言葉を最後まで聞かず、ロイはそれだけ言い残すと早足で部屋から出て行った。そのロイの慌てっぷりを見てホークアイはくすりと笑った。


――おまけ――

「やっと見つけた!」
 遠くから聞こえてきた聞き覚えのある声に、アルフォンスは読んでいた本の紙面から顔を上げた。声がしたほうを見ると、自分達のいる公園の入り口付近でロイが手をふっているのが見える。
「た、大佐!? なんで……」
「うーん……アル?」
 思わず座っていたベンチから腰を浮かせかけたが、自分の肩にもたれたまま昼寝をしていたエドワードが不満げな声を上げたのに気がついて慌てて座りなおす。
 その間に、ベンチのすぐ傍までやってきたロイがアルフォンスに話しかけてきた。
「やっと見つけたよ。もしかして東方司令部を出て行ってからずっとここに?」
「ええ、まあ。それよりも大佐がこんなところに来てていいんですか!? ものすごく忙しそうだったのに……」
「うーん……うるさい…アル」
 突然のロイの登場に、驚きのあまりボリュームが大きくなりすぎたアルフォンスの声でエドワードが目を覚ましたらしい。眠そうにこしこし目を擦りながらあくびをひとつ。
「悪いね鋼の。起こしてしまったかな?」
 あまり悪いとは思っていなさそうな声音であやまってくるロイの声を聞き、エドワードはそこではじめて、この場に自分とアルフォンス以外の人間がいることに気がついた。
「た、大佐ぁ? なんでこんなトコにいんだよ!? 忙しかったんじゃ……」
 ガバッと起き上がったエドワードに、ロイはイタズラっぽく片目をつぶってみせた。
「せっかく会いに来てくれたというのに、一言の挨拶もなしで帰ってしまった薄情な誰かさんを追いかけてきたのだよ」
「それは……」
「……やっぱり」
 ロイのセリフにエドワードは思わず顔を赤らめ、アルフォンスは明後日の方向を見ながらぽりぽりと頬をかいた。
(やっぱり、ちゃんと大佐に声掛けて帰ればよかったかな……中尉ごめんなさい……)
 心の中で、ここにいないホークアイに対して謝罪する。
 そんなアルフォンスの思いを知ってか知らずか、ロイはエドワードの手を取ってさっさとベンチから立たせるとアルフォンスを促して歩き出した。
「さあ、行こうか」
「どこへですか?」
 きょとんと聞き返すアルフォンスに、ロイはさらりと。
「食べ損ねてしまった昼食を食べに行こうか。鋼のたちもどうせ食事はまだだろう?」
「へっ? そりゃまだだけど……」
「東方司令部に帰らないでいいんですか?!」
「いいからいいから」
 驚いた顔で聞き返してくるエドワードとアルフォンスにむかって笑顔で答えると、ロイはふたりをつれて上機嫌で公園を後にした。


end